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『超巨大ブラックホールからのガスの流れをとらえる

--京都三次元分光器第2号機 面分光で--』

菅井  肇(京大理・助手)
服部 尭(国立天文台・サポートアストロノマー)
河合 篤史(京大理・大学院生)
尾崎 忍夫(兵庫県立西はりま天文台・嘱託研究員)
小杉 城治(国立天文台・助教授)
大谷 浩
林 忠史(富山市科学文化センター・主事)
石垣 剛(旭川高専・助教授)
石井 元巳(倉敷科学センター・技術員)
佐々木 実(下関市立大経・助教授)
武山 芸英((株)ジェネシア)
湯谷 正美(国立天文台・研究技師)
臼田 知史(国立天文台・助教授)
林 左絵子(国立天文台・助教授)
並川 和人(国立天文台・技術員)

(注) 単語の右に[*0]のように番号のついたものは、 付録に用語解説があります。 もし本文を読み進めづらいところがあればご活用ください。


概要

ほとんどの銀河はその中心部に超巨大ブラックホールを 持つということがわかってきています。 他の銀河との相互作用などにより、これらの超巨大ブラックホー ルへ燃料となるガスが供給されると、 それが超巨大ブラックホールの 極く付近まで円盤状に落ち込んできたときに生じる摩擦熱によっ て莫大なエネルギーで光り始めたり、円盤付近から逆にガスが噴 き出したりと、激しい現象が発生します。 今回、このような現象をまさに起こし始めたばかりであると考え られている銀河NGC 1052の中心部を世界最高性能の面分光画像で とらえました。 その結果、高速の広がったガスが噴き出される様子を初めて鮮明 に描き出すことに成功しました。 これによって明らかになった様々な構造は、超巨大ブラックホー ルにおけるガス噴出のメカニズムの解明に役立つと期待されます。 すばる望遠鏡の高い解像度と、面全体を同時に分光観測でき る京都三次元分光器第2号機とのユニークな組み合わせによって 初めて可能になった観測です。

なお、この成果は、アメリカ合衆国天文学会誌アストロフィジカ ルジャーナル2005年8月10日号に掲載される予定です。


1. 注目を受ける銀河風

最近、銀河[*1]からガスが吹き出す現象(銀河風と 呼びます)が重要視されています。 年間の最新の天文学の動向をまとめるアニュアルレビューズ・オブ・ アストロノミー・アンド・アストロフィジックスの中にも、 今回、ギャラクティック・ウィンド(銀河風)というレビュー 論文が掲載されるなどということからも、注目度が高い分野で あることがわかります。 この現象は、宇宙が銀河を形成し始めたころ、つまり100億年 以上も前から銀河の進化にとって重要な役割を担ってきた ことが示唆され ています。 銀河風は、銀河内ガスを吹き飛ばし、銀河の外へとガスを供給 します。 銀河本体のその後の星形成にも影響を与え、銀河の明るさの進 化を決めていく重要な要素にもなります。 人間を作っている元素の形成史やそのばらまき方にも影響を及 ぼすことになります。 このような重要性にもかかわらず、銀河風の観測は簡単なもの ではありません。 銀河風が淡いからです。 最近の大望遠鏡による集光力と工夫された装置により、初めて その描像を明らかにする機会がおとずれつつあるのです。 銀河風は、爆発的な星の集団形成に伴うものと、 銀河中心に存在すると考えられている超巨大ブラックホ ール[*2]の活動(活動銀河中心核[*3]) に伴うものとに大別され ます。 今回は、 その中でもより謎が多いとされる 活動銀河中心核 に伴う 銀河風 をとらえた貴重なものです。

使用した装置は、以前2002年10月に、ファーストライトでの 成果について取り上げていただいた、 京都三次元分光器第2号機です。 この装置はハワイ大学2.2メートル望遠鏡に取り付けることも できますが、今回の成果は、すばる8.2メートル望遠鏡[*4]に取り 付けることによって得られた最初のものです。 装置の詳しい内容は第4章をご覧ください。


2. 超巨大ブラックホールからの銀河風の構造をとらえる

最近の研究により、私達の天の河銀河のような一見普通に見える 銀河を含め、ほとんどの銀河にはその中心に、太陽の百万倍とか 10億倍とかいう質量を持った超巨大ブラックホールが存在する ことがわかってきています。 これらの超巨大ブラックホールは、燃料が無いときにはおとなし くしているのですが、他の銀河との相互作用などにより周りから 燃料となるガスが供給されると、それが超巨大ブラックホールの 極く付近まで円盤状に落ち込んできたときに生じる摩擦熱によっ て莫大なエネルギーで光り始めたり、円盤付近から逆にガスが噴 き出したり と、激しい現象が発 生しにわかにその存在を主張し始めます。 このような活動性を持つものを活動銀河中心核とよんでいます。

今回、活動銀河中心核の中でも非常に若い段階にある と考えられているNGC 1052という銀河の中心部を世界最高性能の 面分光画像でとらえました。 くじら座の方角にある この銀河は、私達から6千万光年という比較的近傍に存在するた め、活動銀河中心核付近の成長の様子を空間的に分解して観測で きるチャンスを与えてくれたのです(図1)。 観測の結果、超巨大ブラックホール周辺から双極円錐状に噴き出 している 銀河風 がきれいにとらえられ(図2)、さらに、それ が周りに残っているガスと激しく衝突している現場をもとらえる ことができました。 銀河風ガスのなかには 毎秒千キロメートルを越える 非常な高速で 動いているものもあることがわかりました。 銀河風の円錐軸に近いほど高速に噴き出しているというような、 銀河風の中の構造までも明らかになったのです。 活動銀河中心核成長の初期段階の貴重な観測となりました。

0.4秒角(1度角の約1万分の1)という高い解像度 と、 面分光 とのユニークな組み合わせによって 初めて可能になった観測であり、中心核付近の構造とガスの運動 を百光年という空間分解能でくまなく描きあげるに成功したので す。 活動銀河中心核はそれを保有する銀河 を 越えて まで 影響を及ぼすようなものもめずらしくはありません。 そのような大規模なものも、NGC 1052において観測されたような、 初期の銀河風 が周りに残っているものを押 しのけていくような、激しい誕生の時期を経てきたに違いありま せん。 今回の観測は、活動銀河中心核が発生し、周囲に影響を及ぼして いくまさにその``瞬間''をとらえたのです。 活動銀河中心核における銀河風の起源に迫る上での貴重なデータ となりました。

\includegraphics[width=21cm,clip]{/home/sugai/temppresen/ds9line.ps}

図1. 楕円銀河NGC 1052の面分光観測による、ガスの運動の測定 (psファイル/pdfファイル/tifファイル)

すばる望遠鏡によって作られる楕円銀河[*5]の像を、京都三次元分 光器第2号機のマイクロレンズアレイ上に置くことにより面分 光観測を行いました。 マイクロレンズアレイは、図上黒い格子で示した小レンズの集 合体です(図3)。 各小レンズに対応した銀河の各部分における分光データが、つ まり この領域 全体の分光データが一度に得られます。 白い四角で囲んだグラフは、そのうちのとある6か所のみでの 分光データを示したもの。 電子を2個失った酸素から放射される光 (スペクトル輝線[*6,*7]の波長[*8]と強さ を示しています。 (実際にはこの20倍の波長範囲が観測されており、様々な元素か らの輝線が見られますが、ここでは簡単化のために限られた波 長範囲だけを示しています。) このグラフの形が酸素ガスの運動状態を表しています。 ガスが運動していると、光のドップラー効果[*9]によって波長が本 来の波長からずれるからです。 場所によって、輝線のピーク波長や形が異なっています。



図2. 楕円銀河NGC 1052の活動銀河中心核からのガスの流れ

図1に示したようなデータを全ての空間について解析したもの。左は、 私達に向かってくる向きに毎秒800キロメートル動いているガ スの空間分布は、どちらにも動いていないガスの空間分布は、私達から遠ざかる向きに毎秒400キロメートル動いているガスの空間分布。 速度は、ガス中の電離[*10]酸素からの緑色の輝線へのドプラー 効果を測定(図1)することにより得ています。 私達に向ってくる向き(左側の部分)と遠ざか る向き(右側の部分)に双極的に噴き出している銀河風 があることがわかりました。 各画像の中心の明るいところ(X印で示した) に超巨大ブラックホールが存在していると 考えられており、 銀河風 はその極く近傍から 噴き出てきています。各画像の視野は約千光年にあたります。この図では、北が上になるように 像を回転してあります。



3. 解析における技術的なこと

第1章で、 銀河風が淡いので、 銀河風をとらえることが難しかったと 述べました。 さらに技術的な詳細を述べると、銀河風ガスの構造・運動を とらえるためには、ガス以外つまりその銀河に存在する 星々からの光の影響 を取り除かなければならないというところにも難しさがありました。 ガスからの輝線の形を分析する際に、その下に潜んでいる星々からの 連続スペクトル[*11]・吸収線[*7]を取り除かないと正しい結果 を得ることはできません。 私たちは、星々の構成という観点からは非常に似ているのだけ れども電離されたガスや 銀河風を持たないという点で全く異なる別の銀河も観測し、この銀河 のスペクトルをうまく差し引くという手法を用いました(図3)。 この手法の有効性は、銀河の中心など空間1点について用いる 単純な場合には 確立されて いるのですが、今回、この手法を面全体に適用したのです。 高品質な面分光データだからこそ可能だったのです。


図3. 恒星の影響を取り除いて銀河風などガス のみの情報を取り出す方法

星々の構成という観点からは非常に似ているが 電離されたガスや 銀河風を持たないという点で全く異なる別の銀河を観測し、 この銀河のスペクトルを NGC 1052のスペクトルから 差し引きます。 一番下にあるスペクトルが目的のガスのみのスペクトル。 実際には、このような操作を面全体のスペクトルに適用しました。横軸は波長(オングストローム)、縦軸はその波長における光の強さ。


4. 京都三次元分光器第2号機

最後に、 京都三次元分光器第2号機について、 少し 説明させていただ きます。 この装置は、以前、ハワイマウナケア山頂のハワイ大学 2.2メートル望遠鏡に搭載して 得られた衝突銀河NGC 6090の観測結果を 取り上げていただいたものです。 今回の成果は、この装置を同じマウナケア山頂の すばる8.2メートル望遠鏡に搭載して得られたものです。

この装置 の特徴は、興味のある領域全体の光を一度に分析できることです。 光を``七色''の虹に分けて天体を分析す ることができますが、従来の手法だと一度に分析できるのは スリットと呼ばれる狭い隙間(直線)を通して見える部分のみ でした。私たちの装置は、虫の複眼のように多数の小さなレンズが密集した 光学素子(マイクロレンズアレイと呼んでいます。 図4)を用いて面に広がった 天体を空間的に細かく分割 することにより、それぞれの場所での七色の虹を同時に得ることができます。 領域全体の分析データを一度に得ることができるのです。

このような 観測手法をとりいれていくことは、現在の大望遠鏡時代 の次にくるブレイクスルーとして世界的に期待されています。 先月、英国ダーラムで 国際研究会 Integral Field Spectroscopy: techniques and data production (面分光:技術とデータ解析) が開かれました。 この研究会は、大望遠鏡で実績を挙げた、 または挙げつつある面分光装置関連研究者を世界中から網羅して集め、 次の30-100メートル望遠鏡時代への基礎作りをすること を目的としたものです。 筆者はこの研究会の科学組織委員の一人に選ばれました。 京都三次元分光器第2号機が大望遠鏡で活躍している面分光装置として認識され ていることを物語っています。 この装置 を用いての研究は、 さまざまな研究者との共同研究という形でも活発に行われています。

\includegraphics[width=14cm,clip]{/home/sugai/mla/IMG_4332.eps}

図4. 面の分割を行うマイクロレンズアレイ

マイクロレンズアレイという小レンズの集合体によって 像が分割されます。 個々の小レンズの大きさは一辺1.54ミリの正方形で、 それが37個x37個並んでいます。 これら全てについて、同時に光の分析ができ ま す。 大きく2分割されているのは、実際にはマイクロレンズアレイ の一部を天体の写っていない領域にあて、空の影響をきれい に取り除く工夫がなされているため。


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付録. 用語解説

以下で、とくに断りのないものは、 日本天文学会インターネット版天文学用語集より 転載 したものです。

◆銀河[*1]

宇宙空間では、星は星団よりもさらに大きなスケールで集団をなし ています。約1000億個の星とガスなどの星間物質が、典型的な大き さで10万光年程度に集まっている系を銀河と呼びます。我々の太陽 系も銀河の1つに含まれており、銀河系と呼ばれています。有名な 銀河にはマゼラン銀河、M31(アンドロメダ銀河)、 M51(子持ち銀河)、M82、M104(ソンブレロ銀河)などがあります。

1924年にハッブル(Edwin Powell Hubble アメリカ 1889〜1953) が変光星の観測に基づいてアンドロメダ銀河等までの距離を求めた 結果、それまでに知られていた銀河系の大きさよりも遠いことがわ かり、銀河系の外にも、このような星の大集団が宇宙に点在してい ることが明らかになりました。その後、数多くの銀河が認識・発見 され、人類の宇宙の大きさに対する認識は著しく拡大しました。銀 河がどのように形成されたか、出来立ての銀河はどのようなものな のかについては未だ解明されておらず、現代天文学に残された大き な謎の1つです。

◆ブラックホール[*2]

脱出速度が光速を超えた星です。 光さえも脱出できないので、外からは [ブラックホール自体は] 観測不可能になります。

はくちょう座にあるX線星Cyg X-1はO型超巨星(HDE226868)とブラックホール(質量は太陽の10倍程度)の連星です。O型星から流れ出すガスがブラックホールに流れ込んで 降着円盤を作り、強い重力で加熱されてX線を放射しています。 この様な、質量が太陽の10倍位のブラックホールは、星の進化の最後に起こる鉄のコアの重力崩壊でできると思われています。質量が太陽の30倍より重い星 では、重力崩壊でできた中性子星に大量の質量がさらに落ち込んでブッラクホールになると考えられています。

また、我々の銀河の中心には質量が太陽の100万倍から10億倍の巨大ブラックホールが存在していると考えられています。 クェーサーやセイファート銀河などの活動的銀河核が放射する膨大なエネルギーは、巨大ブラックホールにガスが流れ込んだときに解放される重力エネルギーだ と思われています。

◆活動銀河・活動銀河中心核(活動銀河核)[*3]

普通の銀河に比べて、中心核がきわめて活発な活動を示す銀河およびその中心核。 一般的な特徴として、

1.普通の銀河に比べて100倍から1万倍も明るい。
2.放射スペクトルは(黒体輻射で近似される)星のスペクトルとは大きく違う。
3.典型的に数十日から数百日で急激に変光する。
4.爆発している形状やジェット構造などしばしば特異な形態を見せる。
5.超光速現象やビーミング効果など、ときとして相対論的な現象を示す。

などが挙げられます。歴史的な経緯と観測的な特徴から、セイファート銀河 ・電波銀河 ・クェーサー ・とかげ座BL型天体などにおおまかに分類されます。

活動的銀河核が放出する膨大なエネルギーは銀河の中心にある巨大ブラックホールにガスが落ち込んだ時に解放される重力エネルギーでまかなわれている と推測されています。ブラックホールの周りに降着円盤ができ、自らいろいろな波長の電磁波を放射するとともに、超相対論的なジェットも作っていると考えら れています。

◆すばる望遠鏡[*4] -8.2m光学赤外線望遠鏡-

すばる望遠鏡は、標高4,200mのハワイ島マウナケア山頂にある大型光学赤外線望遠鏡です。光を集める鏡の有効口径8.2mという大きさばかりで なく、画期的な観測性能を達成するために数々の新しい技術革新で装われた、新世代の望遠鏡です。前人未到の高い鏡面精度を維持する能動光学をはじめ、空気 の乱れを押さえる新型ドーム、4つの焦点それぞれに備えられた独自の観測装置やそれらを効果的に用いるための自動交換システムなどがあります。ファースト ライトと引き続く調整により、こうしたすばるの高度な機能が、めざましく活動を始めています。

(国立天文台ハワイ観測所 すばる望遠鏡WWWページ
http://www.naoj.org/Introduction/j_outline.html
より転載。)

◆楕円銀河[*5]

見た目にはのっぺりとした楕円形にみえるだけで、通常は模様等の見られない銀河です。 実際の形は、ミカンかレモンのように三次元的に膨らんだ形をしています。 (以下略。)

◆スペクトル[*6]

電磁波を、電波、赤外線、可視光線、紫外線、X線、ガンマ線のよう に波長(振動数)によって分けたものです。電磁波を分光器によっ て分離することによって得られます。普通、横軸に波長や振動数を とり縦軸にその波長(振動数)をもった電磁波の強さをとって表し ます。

◆スペクトル線[*7]

原子や分子は特定の波長の電磁波を強く吸収したり放射したりする 性質があります。このため、スペクトルの中に非常に細い構造がで きます。これをスペクトル線といいます。電磁波が強くなっている スペクトル線を輝線といい、吸収されて弱くなっているスペクトル 線を吸収線、または暗線といいます。

◆波長[*8]

振動の繰り返しの長さ、つまり山と山、もしくは谷と谷の間隔を波 長と呼びます。

◆ドップラー効果[*9]

音源が近づいているときには、音は高く聞こえ、遠ざかっていくと きには低く聞こえます。この効果は、1842年オーストリアのドップ ラー(Johann Christian Dopplerオーストリア 1803〜1853)が 発見したので、ドップラー効果と呼ばれています。光の場合も、光 源が近づくと波長が短くなり、遠ざかると長くなりますが、これを (光の)ドップラー効果と呼びます。たとえば、星が地球に近づい ているときには、星から出た光はスペクトル上で青い方へずれ(青 方偏移)、逆に遠ざかるときには、赤の方へずれます(赤方偏移)。 このずれを測定することにより、星の(視線)速度が求められます。 野球のボールのスピードを測るスピードガンは、この原理を使って います。

◆電離[*10]

中性の原子が電子と陽イオンに分離する現象です。 電離したガスをプラズマと呼びます。

◆連続スペクトル[*11]

非常に広い範囲にわたってなめらかに広がったスペクトルのこと を連続スペクトルといいます。(以下略。)


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Sugai Hajime 2005-07-31