「邪魔者は誰だ?!」


(クリックすると重力レンズの説明図拡大(807kB/ 267kB))

図の説明

1つ目の図: すばる望遠鏡に取り付けられた京都三次元分光器第2号機(下のほうにある銀色のコンテナの中に入っているのでこの写真では見えないのですが。。)。

2つ目の図:真ん中にあるのが重力レンズになっている銀河。 これによって1個のクェーサが4重像になって見えています。 このうちの、緑色の箱で囲んである明るい3つの像を面分光観測した結果が4つ目の図です。

3つ目の図:重力レンズの説明図(クリックすると拡大します)。

4つ目の図(左側): 水素からの光。クェーサ像Cが異様に暗い! 白い棒線が天空上の0.5秒角(1度角の7200分の1の大きさ)を示します。
4つ目の図(右側): 酸素からの光。クェーサ像Cも予想通りの明るさ!
(Sugai et al., 2007, ApJ, 660, 1016)


「邪魔者は誰だ?!」

菅井 肇、河合 篤史、下農 淳司(京都大)、 服部 尭、小杉 城治、柏川 伸成(国立天文台)、 井上 開輝(近畿大)、千葉 柾司(東北大)

天体と私たちの間にちょうど別の「何か」が存在すると、 天体からの光がその「何か」の重力の影響を受けて、まるでそこにレンズがあるかのような効果が起きます。 この”レンズ”は、 ワイングラスの底を通して景色を見たときのような効果を及ぼします。 この現象を利用すると、「何か」が、 例えばとても暗かったりまたは光を出していなくて見えないものでも、 重力レンズの効果からその存在をあばくことができます。 今回私たちはそのような観測を行いました。

クェーサの多重像とよばれるものが、宇宙には意外とたくさん発見されています。 クェーサとは、 銀河の中心に存在する超巨大ブラックホールにガスが落ち込むときにその摩擦熱によってとても明るく光る、そういう天体です。 このクェーサと私たちの間にたまたま別の銀河が存在すると、 この銀河が重力レンズの働きをして、クェーサが何個かあるように見えたりします。 2つ目の画像は、今回観測した多重像で、真ん中にあるのが重力レンズになっている銀河です。 これによって1個のクェーサが4重像になって見えています。 実はこれだけなら何の不思議もなかったのです。

しかし、謎がありました。 4重像の明るさが変なのです。

4重像になって見えるのは、 途中にある銀河が銀河全体として重力の影響を及ぼすことによります。 実際、私たちは銀河に簡単な形を仮定することにより、 観測される4重像の位置を理論的にピタリと説明することに成功しました。 ところが、 その簡単な銀河モデルで予想される4重像の明るさ(の比)が観測されたものと矛盾するのです。 これは、銀河全体というぼーっとした効果だけではなく、 4つの像のうちどれかに、 さらにそこにピンポイントでさらなるものが隠れているからではないかと、 私たちは考えました。 このさらなる”邪魔者”が、 その像だけに悪さ (例えばそれだけ明るくまたは暗く見えるという重力レンズ効果を 追加させている)をしているのではないかということです (3つ目の説明の絵)。

邪魔者が何か、については2つの可能性があります。 ひとつは、暗黒物質のかたまりです。 暗黒物質とは、目に見えない謎に包まれた物質で、 今のところ重力の影響という形でしか確認されていません。 宇宙において、普通の物質の5〜6倍も存在します。 銀河形成のシミュレーションの結果、 銀河のまわりにはまだ中心まで集まりきれていない暗黒物質の塊がつぶつぶとたくさん存在していることが予想されています。 しかし、まだそのつぶつぶの存在は確認されていません。 つぶつぶと言っても、1個の塊が太陽の1千万倍以上の重さを持っていたりすると考えられています。 重力レンズ銀河に存在する暗黒物質の塊のうちの1個がたまたまあるクェーサ像にピンポイントでかぶっている可能性があります。 もうひとつの可能性は普通の星です。 重力レンズ銀河に存在する非常にたくさんの星のうちの1個が 無茶苦茶ピンポイントでクェーサ像にかぶっている可能性です。

この2つの”邪魔者”の可能性を区別する巧妙な方法を考え、 今回実際にその方法を使った観測をしてみたのです。 ポイントとなる原理は、立派な(重い)邪魔者ほど、 大きな領域まで影響を与える力を持っているということです。 クェーサからは、 水素ガスからの光、酸素ガスからの光なども放射されていますが、 水素と酸素の光るメカニズムが異なることなどが原因となって、 それぞれの光る領域の大きさが異なっています。 そこで、水素からの光と酸素からの光の両方を調べて、それぞれが 影響を受けているかいないかをみることによって”邪魔者”がどっちなのかを つきとめることにしたのです。 その結果が、4つ目の図です。 (2つ目の画像のうちの、緑色の箱で囲んである明るい3つの像を面分光 という新しい手法で観測した結果の一部です。)

酸素からの光の明るさは、まさにモデルで予想される通りだったのに対して、 水素からの光の明るさ(比)は、モデルで予想されるものと大きく異なりました。 像Cと名づけられたクェーサ像がとても暗いのです。 さて、酸素からの光が出る領域の大きさ(数百光年) は水素からの光が出る領域(数十光日(光年でない)) より大きいことがわかっています。 ということは、今回の像Cにかぶっている邪魔者は、 あまり立派でないことがつきとめられたわけです。 大きな領域に与える影響としてはほとんどない、けれども、 小さい領域に与える影響はきれいにとらえられたのです。 この邪魔者は、1個の星であろうと思われます。 この星は遠くにあるし暗くて見えないけれども、 重力のかくれんぼには失敗して、私たちに正体をあばかれたのです。

今回の観測の成功には、2つの重要な要素がからんでいます。 ひとつは面分光という手法です。 空の面を一度に分光(分析)できるように工夫した 装置を私たちが開発したことが活かされています。 これにより、3個のクェーサ像について水素と酸素からの光両方を 一度に精度良く観測することができたのです。 酸素からの光の画像で像Cと像Aの 間に伸びた構造を発見できたのですが、これも面分光のおかげです。 もうひとつの重要な要素は空間分解能です。 私たちの装置をすばる望遠鏡に搭載して観測したのですが、 すばる(と装置)の優れた分解能のおかげで、像どおしがきれいに分離 できたり、形が描けたりしています。

今回の天体では、邪魔者は暗黒物質のかたまりではありませんでした。 それでは、暗黒物質のかたまりという概念が否定されたかというとそう ではありません。 もう少し多くの重力レンズ天体を調べていく必要があります。 暗黒物質のかたまりがとらえられる天体も見つかるかもしれません。

[専門家向け詳細はこちら]
[菅井 肇のホームページに戻る]