Press Release

「ニュータイプ」巨大ブラックホールの発見

- 高エネルギーX線観測で暴く隠れたブラックホールの謎 -


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記者発表日時: 2007年7月30日(月)14:00-15:00
解禁日時:記者説明終了後
記者発表会場: 京都大学記者室(京都大学本部棟1階)
発表者: 上田佳宏(京都大学大学院 理学研究科 准教授)


概要

NASAのスウィフト衛星は、透過力のきわめて強い「硬X線」(〜10キロ電子ボルト 以上のエネルギーをもつX線)を用い、かつてない高感度で宇宙の全天マップを 作成しつつある。われわれ京大・愛媛大・NASAの国際共同チームは、最近スウィ フトによって新しく見つかった2つの硬X線源を、日本のX線天文衛星「すざく」 で精密に観測した。その結果、(1)これらの硬X 線が、近傍にある「一見、ふつ うに見える銀河」の中心から来ていること、(2)その正体が、大量の物質に埋も れていて光がほとんど外に洩れていない、今までに知られていなかった「ニュー タイプ」巨大ブラックホールであることを世界で初めて明らかにした。この発見 は、今までに見逃されていた「完全に隠された」明るいブラックホールが宇宙に 多量に潜んでいる可能性を示唆し、宇宙の進化の理解にインパクトを与えるもの である。


本研究の解説と意義

宇宙に存在する銀河の少なくとも1%は、中心核から電波〜X線にわたる広い波 長範囲で太陽の100億倍〜100兆倍もの莫大なエネルギーを放射しています。こ れらは「活動銀河核」と呼ばれます。その正体は太陽の100 万倍から10 億倍 の質量をもつ巨大ブラックホールで、そこに周囲の物質が落ち込むと強い重力 によってガスが高温に熱せられ明るく輝きます。最近の研究により、活動銀河 核は銀河の星の形成過程と密接に関わっており、宇宙の進化に本質的な役割を 果たしていることが分かってきました。
このような巨大ブラックホールが宇宙にいくつ存在するか?という基本問題に答 えるべく、天文学者はこれまで様々な方法で活動銀河核を探査してきました。そ の多くは、可視光や紫外線を用いたものでした。標準的なモデルによると、巨大 ブラックホールは「トーラス」と呼ばれる、ドーナツの形状をした物質に囲まれ ていると考えられています。見る角度によっては、ブラックホールがトーラスに 隠され、中心からの可視光が見えない場合もあります(「2 型活動銀河核」とよ ばれます)。幸い、そのような場合も、トーラスのすき間(ドーナツの穴)から 洩れる光が多量に存在し、照らされたガスから強い輝線(特定の元素から放射さ れる波長の揃った光)が発せられるため、原理的にブラックホールを見つけるこ とが可能であると考えられてきました。
X線観測は、直接的にブラックホールを探す有力な方法です。じっさい日本の 「あすか」、NASA の「チャンドラ」を始めとするX線天文衛星は、これまでに 多くの2型活動銀河核を発見してきました。しかし技術的困難さから、これま でに行なわれてきたX 線探査のほとんどは10 キロ電子ボルト以下のエネルギー 範囲に限られていました。視線方向をさえぎる物質の量が多くなると、エネル ギーの低いX 線は完全に吸収されてしまい、ブラックホールを直接、見通すこ とができなくなります。このような、深く隠されたブラックホールがどれだけ 宇宙にあるかということは、ほとんど分かっていません。これらを見つけるに は、透過力の非常に強い、10 キロ電子ボルト以上のX 線(硬X 線 )を用いることが本質的に重要です。
そこで我々の注目したのが、2年前に打ち上げられたNASAの「スウィフト」衛星 です。15-200キロ電子ボルトのエネルギー領域で優れた感度を持つ「スウィフ ト」は、現在、過去最高の感度で硬X 線の全天マップを作成しつつあり、次々と 新しい天体を見つけ出しています。
我々は「スウィフト」により見つかった新しい硬X線源の正体を明らかにする べく、2つの天体を日本のX線衛星「すざく」で詳細に観測しました。図1はその一つについて、「すざく」のX線CCDカメラ で撮られたX 線の画像(緑の等高線)と、可視光画像を重ね書きしたものです。 この結果、硬X 線の起源が、一見、可視光で見ると活動的でない「ふつうの銀 河」の中心から来ていることが確認されました。2つの銀河はESO 005-G004、 ESO 297-G018 という名前で、それぞれ「はちぶんぎ(八分儀)」座、「ほう おう(鳳凰)」座の方向、地球から約8 千万光年、3億5千万光年の距離にあり ます。
図1. ESO 005-G004の周辺の可視光画像(STScI Digitized Sky Survey 提供) に、「すざく」搭載X線CCDカメラで得られた画像の等高線(緑)を重ねたもの (このCCDカメラは10キロ電子ボルト以下のエネルギーのX線に感度をもちます。 X線像の広がりは望遠鏡による見かけ上のもので、じっさいは点源だと考えら れます)。四角の1辺の長さは、この銀河の距離でおよそ17万光年に相当しま す。 (等高線なしの図)


これらの新天体が、今までに知られていたものと同種かどうかを検証するため には、硬X線だけでなくエネルギーの低いX線も用いてブラックホールの周囲の 構造を探る必要があります。「すざく」は、0.2から70キロ電子ボルトという 広いエネルギー範囲において高精度のデータを同時に 取得することができるというユニークな特徴を持ちます。図2にそのスペクトル(X線の強度をエネルギーごと に示したもの)を示します。10 キロ電子ボルト以上の硬X線の強度がきわだっ て強いことが分かります。それに対し、低エネルギー側ではX 線強度はずっと 弱く、このために過去の観測で見逃されていたと理解できます。
図2.「すざく」で取得したESO 005--G004のX線エネルギースペクトル

データを詳しく解析したところ、透過力の強い硬X線では、ブラックホール近 辺からの直接光が大量の物質をくぐり抜けて我々に届いていることが分かりま した。それに対し、10キロ電子ボルト以下の直接光は強く吸収されていて、壁 にあたって反射された一部のX線だけが主に見えています。最も重要な結果は、 トーラスから外に洩れ出し散乱された2 キロ電子ボルト以下のX線が極端に少 ない、という点です。この特徴は今までに知られていた活動銀河核にはなかっ たもので、これらが大量の物質に深く埋もれた「ニュータイプ」巨大ブラック ホールであることを強く示唆しています。
図3にESO 005-G004の中心核の想像図を示しま す。高いトーラスの壁に囲まれて、ブラックホールから見てほとんどの方向が 遮られているため、中心から洩れ出しているX線や可視光の量は非常に少ない と考えられます。じっさい我々は、南アフリカ天文台で可視光の観測を行ない、 トーラスの外から来ている輝線が極めて弱いことを確かめました。
図3. ESO 005--G004の中心核にある巨大ブラックホール周囲の想像図(JAXA 提供)。
(*)図3の「商業誌」への転載の際は、お手数ですが御連絡願います。

「すざく」と「スウィフト」の連携による、この「ニュータイプ」ブラックホー ルの発見は、未だに見つかっていない、大量の物質によって覆い隠された活動銀 河核が宇宙に多量に存在する可能性を強く示唆し、巨大ブラックホールおよび銀 河の進化を考える上でインパクトを与えるものです。
今回の成果は、10 キロ電子ボルト以上の硬X線での観測が隠れたブラックホー ルを探査する上でいかに強力かということを証明しています。宇宙に存在する 全ブラックホールからの放出エネルギーは、「硬X線背景放射」として10-100 キロ電子ボルトの範囲に集中していることがわかっており、本研究は、今後こ の分野を切り開いて行く先鞭をつけたといえます。日本で検討中の次期X線天 文衛星 NeXT(ネクスト)は、「スウィフト」衛星のおよそ100倍以上の感度で の硬X線観測を行なうことができる計画で、巨大ブラックホールの進化の謎の 解明に向けて大きな進展をもたらすと、世界中から期待されています。

この結果は、2007年8月1日付 「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」 誌に掲載されます。NASAからも同時プレスリリースが行なわれる予定です (http://www.nasa.gov/centers/goddard/news/topstory/2007/active_galaxy.html)


「すざく」ホームページ: http://www.astro.isas.jaxa.jp/suzaku/index.html.ja
「スウィフト」ホームページ: http://swift.gsfc.nasa.gov