ガリレオと望遠鏡


 望遠鏡の発明については諸説あります。当時西洋列強の植民地経営とおおき く関係して、まさにスペイン、ポルトガルなどの旧大国からオランダ、 イギリスなどの新興産業国へとその権限が移行する時期にあたりました。海戦 の軍事機密として望遠鏡の発明は、秘密にされた形跡があります。そのよう な状況のなかで、すくなくとも公式に発明特許を申請したのがオランダ の眼鏡師でしたリッペルヘイです。彼は一風変わった依頼人の注文をう けて凸レンズ、凹レンズのセットを製作しましたが、その意図をみぬい て自分でも実験的に屈折望遠鏡を完成させ、1608年オランダ政府に特許 を申請しました。その書類が残されております。16世紀後期のオランダは ベネチアに継いでレンズ生産が盛んになったところです。哲学者のスピノザ も生活の糧を得るためにレンズ研磨を職としていました。

 望遠鏡発明のうわさはすぐにヨーロッパ中に広がり、それを伝え聞いた ガリレオ・ガリレイはすぐさま自分でも屈折望遠鏡を製作し、1609年秋 には天体観測を始めています。翌1610年にかけて木星の衛星系を発見、太 陽系のスケールダウン模型だと気づきました。また太陽黒点の観察、月面観 察、天の川の観察などを行い、次第に自分の宇宙観を強固なものにし、 『星界からの報告』を同年出版しました。ガリレオは数多くのガリレオ式 望遠鏡を製作し、領主メディチ家をはじめ多くの有名人士に贈っています。 ケプラーもガリレオから望遠鏡を贈られています。


ガリレオの屈折望遠鏡模型(学研『大人の科学』付録模型、事務局長製作)、 1610年6月26日の太陽黒点スケッチ、月面スケッチ(岩波文庫『星界からの報告』より 引用)


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