バーチャル博物館屋上ドームへ

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 バーチャル博物館の建物は、昭和12年(1937)に台湾彰化市八卦山に建設されました花山天文台台湾出張所をモデルにいたしました。この天文台に関しては左下の写真(『天界』第199号表紙)が一枚残っているだけで、これまでほかに情報がありませんでした。その後天界誌の本文に台湾から松本武男氏がよせられた手紙が掲載されており、そこにこの間の事情が説明されていることが判りました。松本氏は東亜天文協会の台湾支部長もつとめられた方で、山本台長からブラッシャー赤道儀の台湾への移設の許可を得られたそうです。そして彰化市が開発をすすめていた八卦山展望台の屋上に瀟洒な3mドームが1937年9月に竣工、そこにブラッシャー赤道儀が移設されました。彰化市は台湾海峡に面する台湾中部の観光都市で、八卦山には大仏があります。終戦後、この建物がどうなったのかは不明ですが、松本氏の手紙にあります地形図の建設地の印の位置(海抜96m)を、ネットの航空写真でしらべてみますと、現在そこにはほぼ同じ規模で別の建物があることが判明しました。

 10インチ反射赤道儀は最初、本部構内の宇宙物理学教室(京大天文台)に設置され、1929年に花山天文台が教室附属施設として新営されたおりに、ザートリウス18cm赤道儀、クック30cm赤道儀などとともに花山へ移設されました。1939年には、京大天文台が附属図書館建物新営のために取り壊され、宇宙物理学教室は北部構内にあった武道場を研究施設に改修(屋上にドームなどを増築)し移転しました。この北部の旧教室は1階ベランダにフランス窓をもつしゃれた建物で、なんとなく台湾出張所と似た雰囲気がうかがえます。この北部旧教室建物も、ハレー彗星がやってきた1987年に取り壊され現煉瓦張り風の建物が新築されました。ブラッシャー赤道儀のほうはおそらく1939年ころに台湾から北部構内旧教室の屋上ドームに戻されたのでしょう。この伝統ある望遠鏡は、1985年ころまで実習観測に使用されていました。


花山天文台台湾出張所(『天界』第199号より転載)とそのCG復元(右)

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