2017年11月29日の質問に対する回答
地球大気に関する質問
Q:大気差を使うと近接した二つの星を分解しやすくなるのでは?
A:面白いアイデアだと思います。大気による乱れを受けた後にプリズムを通しても意味がないでしょうが、大気を宇宙に置いたプリズムだとみなせば、高い分解能が期待できそうです。ただ、実際は近接した星の大気差はほぼ同じになってしまうため、その効果は極めて小さくなります。また、やはりどうしても揺らぎがあり、理想的なプリズムのような役割を果たしてくれないでしょう。
Q:大気差で日没と日の出が同時に起こる大気構造を理論的に造れるか?
A:面白い発想ですね。これを実現しようと思うと、180度の屈折角(つまり正反射)を大気差で実現する必要があり、1つのプリズムでは不可能なように、不可能でしょう。大気の層が複数あればできるかもしれませんが。下の図は複数のプリズムを使って屈折により180度向きを変える例です。
ちなみに、北(南)極では夏の初めは日没直後に日の出になりますよね。

Q:短波長ほど散乱されやすいなら空は紫では?
A:いい質問です。太陽のスペクトルは下図の通りです。図中に紫と青の波長範囲を示しました。こうしてみるとそもそも太陽は紫色ではあまり光っていないことが原因であることが分かると思います。太陽がもっと高温の星であれば空はもっと紫色をしていたでしょう。

Q:赤外線が可視光に比べて有利な点は?
A:多くの天体は黒体放射に近いスペクトルを持ちます。低温の天体ほどもっとも効率よく光る波長が長くなります。つまり低温の天体ほど赤外線での観測が有利になります。可視光は高温に輝く大人の星(主系列星)の観測が得意ですが、赤外線はより若い生まれたての星(低温の星・前主系列星)の観測が得意です。また宇宙の塵による散乱の影響は長波長ほど受けにくいので、塵の向こう側に隠れた天体を観測することができます。例えば天の川の中心は可視光では観測できませんが、赤外線では可能となります(参考)。
Q:星間減光で赤くなる理由は?
A:宇宙に漂う微粒子の大きさは直径0.1um程度です。この微粒子より波長が10倍ほど長い電磁波の散乱は レイリー散乱となります。レイリー散乱の散乱効率は波長の-4乗に比例するため、短波長ほど散乱(つまり観測者に届かなくなる)され、天体は赤くなります。
Q:20um付近でひどく海抜0と4200mの大気透過率の差があったが、なぜ?
A:主に水蒸気のせいです。その他の吸収を担う分子に二酸化炭素やオゾンがありますが、それらは標高による差は小さく、水蒸気は標高が上がると急激に減ってきます。
Q:OHの起源は?
A:すみません。分かりませんので、ここを参考にしてください。オゾンが紫外で分解され、その酸素と水蒸気が結合して2OHになるそうです。
Q:大気中のOHのように分子が宇宙で光ってないですか?
A:はい、宇宙には多くの分子輝線があります。ただ、それらは観測の邪魔になるものではなく、それ自体が興味深い観測対象です。
Q:星間ガスによる屈折で光が届かないことはあるか?
A:星間ガスの密度は1個/cc程度と地球大気の10^-19(10の19乗)以下と極めて希薄なためありません。ただ、太陽系内は太陽風プラズマにより密度が高いので、電波域ではシンチレーションがおきます(惑星間シンチレーション)。
Q:背景光と天体からの光は区別できそうだけど
A:OH夜光のように特定のスペクトルで光る夜光は装置を工夫すれば除去できます。それ以外の大気の赤外放射や月あかり、黄道光などは波長幅広く光るので天体からの光と混じり除去できません。
Q:大気の透過率でスパイク状の吸収があったが、なぜ連続的にならないのか。
A:分子による吸収線自身は波長幅でナノメートルレベルの細いものです。ただ分子の遷移は多数あり、それぞれがカップルするので近い波長域に無数に出て連続的に見えてきます。なので、本来はスパイク状なのです。
Q:大気の屈折率は各分子の屈折率の重みづけ平均で表せますか?
A:はい、基本的にそれでいいと思います。
Q:電波の窓が大きくて異質に思える・・
A:本来は電波に対して大気の分子は透明です(ラジオやスマホの電波は分子どころかちょっとした壁に対しても透過しますよね)。なのでむしろ地表まで届かない遮蔽部分があることが異質と考えるべきでしょう。遮蔽部分は電離層のためです。電離層は自由電子が豊富ないわばプラズマ状態で、電波を反射屈折させます。
Q:屈折率のもっとも低い物体は?
A:真空の1です。x線の金属などに対する屈折率は位相が先回りして1以下となりますが、特例です。
Q:大気の窓のせいで地上から観測できない天体はある?
A:基本的には黒体放射は全波長域で光るので、大気の窓のせいで観測できない天体はないことになりますが、白色矮星のような高温で地球程度の大きさしかない天体は紫外域で効率よく光るため、大気の窓のせいで可視光では観測できない(しにくい)ということは起こりえます。
フィルタや標準星に関する質問
Q:標準星はどれほどあるの?
A:以下の論文がカタログとしてリストしています。
●可視用標準星カタログ
"UBVRI photometric standard stars around the celestial equator" Landolt 1983, AJ, 88, 439[論文]
"UBVRI photometric standard stars in the magnitude range 11.5-16.0 around the celestial equator" Landolt 1992, AJ, 104, 340[論文]
"Homogeneous Photometry for Star Clusters and Resolved Galaxies. II. Photometric Standard Stars" Stetson 2000, PASP, 112, 925[論文]
"The u'g'r'i'z' Standard-Star System" Smith et al. 2002, AJ, 123, 2121[論文]
●(近)赤外線用標準星カタログ
"JHKLM standard stars in the ESO system" Bouchet et al. 1991, A&AS, 91, 409[論文]
"A New System of Faint Near-Infrared Standard Stars" Persson et al. 1998, AJ, 116, 2475[論文]
"JHK standard stars for large telescopes: the UKIRT Fundamental and Extended lists" Hawarden et al. 2001, MNRAS, 325, 563[論文]
"JHK observations of faint standard stars in the Mauna Kea Observatories near-infrared photometric system" Leggett et al. 2006, MNRAS, 373, 781[論文]
Q:フィルタを調べると赤外では用いられないとあったが・・?
A:赤外域(例えば5-100um)でもフィルタを用います。興味があればあかり衛星に使われているフィルタを調べてみてはどうでしょうか。ただ、赤外域ではファブリペローやフーリエ分光器が比較的作りやすく、それらも活躍しています。ただ、これらは分光に用いられるのが普通です。
Q:フィルタを利用する際に赤方偏移は考慮するか?
A:いい質問です。フィルタは観測波長を定義するものなので、赤方偏移しているからといってフィルタを勝手にずらしてはいけません。ただ、逆にこの現象を利用して、遠方の銀河を効率よく発見するためにわざと赤方偏移分だけずらした輝線を通すナローバンドフィルタを通して観測することがあります。そうすると、赤方偏移していない近傍の銀河からの輝線はフィルタを通らず、暗く写り、狙った赤方偏移の銀河は明るく写るため見つけやすくなります。(参考)
その他
Q:気球観測は揺れるのでは?
A:はい、揺れます。姿勢制御が大変です。ただ、上空40kmは非常に希薄なので、風で揺すられるというより、気球自身の揺れや打ちあがる過程での捻じれなどが主な原因でしょう。
Q:天文衛星の観測の仕方は?
A:基本的には太陽と地球の方向以外どこでも24時間観測できます。衛星自体の自転を止めれば地球周回軌道だろうがラグランジュ点だろうが追尾していることになります。
Q:天文学者はいつ寝るの?
A:明け方まで観測して、すぐ寝て昼過ぎに起きて次の観測準備をします。太陽天文学者は別です。
Q:砂漠では埃や塵は問題にならないか?
A:はい、強風によって飛んできたチリが鏡の上に積もると集光力が落ちます。例えばアタカマ砂漠の近くには活火山があり、硫化物のチリが望遠鏡の性能を劣化させます。
Q:オーストラリアには天文台はないの?
A:はい、あります。たとえばここ。ただ、オーストラリアには高い山がないところが残念です(最高峰が2200m)。
Q:カルー高原の標高が低かったけど大丈夫?
A:ご心配ありがとうございます。はい、どうしてもマウナケアやチリの天文台には劣りますが、緯度と経度においてユニークな場所なので価値は十分にあります。
Q:南極ではオーロラが邪魔にならないの?
A:オーロラはオーロラ帯に集中して出て、極付近ではあまり発生しません。
Q:富士山やエベレストで観測されるの?
A:風と雪がひどすぎて不適切です。
Q:天文写真って肉眼で見えるのと同じなの?
A:可視光で撮影された天体はほぼ肉眼で見た状態に近い色付けが施されるのが一般的です。少なくとも図鑑に出ているようなものはそうなっています。一方、赤外線など人間の目の感度がない波長域で観測されたデータは疑似カラーで色付けされます。色付けには3つの異なる波長で観測される必要があり、短いほうから青、緑、赤と色付けられ3色合成されます。たとえばこれは可視光と近赤外線のオリオン星雲ですが、近赤外線で撮られた右側の図は疑似カラーです。
Q:陸地以外の天文台による革命はないか?
A:自由な発想が良いですね。海上に望遠鏡があれば好きな緯度と経度で観測できるなぁと僕も考えました。でも存在しませんね。運用コストがかかり、文字通り海抜ゼロメートルなので、良い観測サイトではないですから。
Q:過去から現在に掛けて光速が増加していたら、宇宙が膨張しているように見えるのでは?
A:物理定数が宇宙のどこでも同じ値なのかは大切なテーマです。
以下の質問は今後の講義内容に関連します。
Q:光のノイズキャンセリング技術はある?
Q:ノイズの低減方法についておしえて。