観測とデータ解析


  1. 観測
    ● 観測の手順
    天球は地球の自転により1時間に15゜(1秒間に15")回転する。望遠鏡は観測対象となる天体が視野内で動かないように、天球の動きに合わせて動く(tracking)が、積分時間が長い場合には多少のずれも起りうる。それを防ぐために、観測装置とは別に望遠鏡視野端の明るい星をモニタするカメラ(Auto guider)が天文学用の通常の望遠鏡には装備されており、これで星の位置の微小な移動をモニタし、望遠鏡の動きを補正しながら(Auto guiding)観測を行なう。

    通常の可視光の撮像観測の手順は以下の通りである。

    1. 望遠鏡を天体に向けて tracking 状態にする。
    2. 恒星カタログから望遠鏡視野内にある明るい天体を探し、ガイダーを移動させる。
    3. ガイダーの image を取得し Auto guide を始める。
    4. 必要があれば装置のフィルターを替える(上記作業と同時進行)。
    5. CCD をリセットする。
    6. シャッターを開ける。
    7. 一定の積分時間が終了したところでシャッターを閉じる。
    8. CCD を読み出してコンピュータに画像を転送する。
    9. 必要がある場合には1.~3.の手順で望遠鏡の視野を少し動かす。
    10. 5.~9.数回繰り返し。
    11. 異なる波長帯で観測する場合には4.へ戻る。
    12. Bias (0 秒積分) または Dark (シャッターを閉じた積分)などの校正用 image を取得する。
    13. 最寄りの測光標準星(明るさが精度良く決められている星)に向け、tracking 状態にする。
    14. 5.~11.数回繰り返し。

      全ての観測終了後、

    15. 望遠鏡ドーム内部のスクリーンに一様に光を当て、望遠鏡を通して検出器で数十枚の短い露出をする(Dome Flat)。
    16. Dome Flat と同じ積分時間、同じ枚数の Dark image を取得する。
    17. 12. で Dark image を取得できなかった場合は、天体の積分時間と同じ積分時間で Dark image を取得する。
    18. Bias image を取得する。

    通常の近赤外の撮像観測の手順は以下の通りである。

    1. 望遠鏡を天体に向けて tracking 状態にする。
    2. 必要があれば装置のフィルターを替える(上記作業と同時進行)。
    3. 検出器をリセットし、1回目の読み出しを行なう。
    4. 一定の積分時間が終了したところで2回目の読み出しを行なう。
    5. コンピュータに上記2つの画像を転送し、その差を image として記録する。
    6. 3.~5.数回繰り返し。
    7. 望遠鏡の視野を少し動かす。
    8. 3.~7.数回繰り返し。
    9. 異なる波長帯で観測する場合には2.へ戻る。
    10. 最寄りの測光標準星(明るさが精度良く決められている星)に向け、tracking 状態にする。
    11. 2.~9.数回繰り返し。

    可視光と近赤外での観測方法の違いは以下のようになる。

    • 赤外では背景光が明るいため、通常の撮像観測の積分時間は数秒~数十秒で、数回~数十回の露出(積分と読み出し)を連続で行なう。そのため、Auto guide は不要であることが多い。しかし、狭帯域撮像などで背景光が暗くなる場合には、積分時間が長くなるので Auto guide が必要である。
    • 赤外の観測装置には、シャッターが無いことが多い。可視光の CCD に比べて読み出し速度も速いので、1回目と2回目の読み出し間隔が積分時間となる。
    • 赤外の背景光は、観測高度や大気の状態によりその明るさや視野内での明るさの傾斜パターンが徐々に変化する。そのため、観測 image そのものを校正用 image として併用する必要があり、必ず視野を少しずつずらして同じ場所に天体が写らないようにして何点か観測する(観測対象が大きい天体の場合には大きくずらす)必要がある(dithering)。

  2. 解析
    ● イメージに含まれるもの
    可視・赤外どちらの検出器でも取得画像の中には主に以下の情報が含まれている。

    ・Bias
    検出器の 0 レベルに相当する値で、読み出し回路の状態変化により変動する。赤外線検出器の場合は、画像データは2回の読み出しの差になっているので、Bias は常にほぼ 0 だが、検出器によっては2回の読み出しの間に特有の Bias の差があり、それが Bias パターンとなって現れる。CCD の場合は、読み出しは1回なので、Bias は回路の状態によってかなり変動し、over scan 領域をモニタするなど常に注意を払う必要がある。
    ・Dark
    光があたらなくても検出器中に少しずつ溜る電荷で暗電流とも呼ばれる。検出器の性能向上につれ現在ではほぼ0に近い値となっているが、pixel 間のばらつきがあり、大きい値を持つ pixel もある程度含まれるのが普通である。積分時間に比例した電荷が溜る。検出器の温度が高いほど、また、バンドギャップの小さい長い波長の検出器ほど Dark の値は大きくなる。
    ・Thermal, Background
    熱放射や大気の散乱光などの背景光で、Dark と同じく積分時間に比例した電荷が溜るが、Flat image (明るい面光源を短時間露出で測定した効率マップ) と同じパターン形状を持つため、Flat で割ることで平坦化することができる。
    ・Object
    もちろん、天体からの光も含まれている。
    ・Bad pixel
    感度を持たず、常に一定値(通常は読み出しレンジの最大値か最小値のどちらか)をとるもの。

    ● 可視のデータ解析
    以下に可視データの主な解析手順を記す。

    1. Flat の準備
      観測終了後に取得した Dome Flat image は、平均して、直後に撮った Dark image の平均との差を取り、平均を1に規格化しておく。これは、検出器の量子効率を含む観測システム全体の相対的な効率を表したもので Flat と呼ばれる。

    2. Image の確認
      天体の写っているデータの状況を確認して、背景や天体の明るさを大まかに check しておく。

    3. Dark を引く
      天体観測直後に取得した Dark image を引く(これで Bias も同時に差引される)。全ての観測終了後に Dark image を取得した場合には、時間が離れており Bias の値はかなり異なるものと考えられるため、それぞれの時間帯で取得した Bias を引いてから Dark を引く。


      Bias

      Dark

      Dark 差引後

    4. Flat で割る
      背景光と天体はどちらも望遠鏡を通ってくるため、Flat で割ることにより観測システムの特性を無くすことができる。Bad pixel があれば周囲の pixel の値を用いて補間する。


      Flat

      最終画像

    ● 近赤外のデータ解析
    以下に近赤外データの主な解析手順を記す。

    1. Flat の準備
      近赤外では背景光が明るいため、可能な限り多くの観測データから天体の寄与を除いて平均化した Sky Flat が使用される。通常は観測所が標準 image としてデータを提供する。

    2. Image の確認
      天体の写っているデータの状況を確認して、背景や天体の明るさを大まかに check しておく。

    3. Flat で割る
      赤外の画像で最も大きい寄与を持つのは背景光である。まず、Flat で割り全面を平坦化する。


      Flat

      Flat で割った後

    4. Bias 補正
      Bias の特徴的なパターンがあれば、フィッティング等で消す。背景レベルを同じにしておく。

    5. Sky 作成、差引
      Dithering で取得された異なる場所での画像の median をとることにより、天体の寄与を消すことができる。そのようにして作られた Median Sky を各 image から引く。

    6. 重ね合わせ
      Bad pixel があれば周囲の pixel の値を用いて補間し、写っている天体の位置を元に重ね合わせる。

  3. ノイズ
    ● ノイズの種類と S/N
    ・ショットノイズ (shot noise)
    ある確率を持った独立な試行の繰り返しによるイベントの分布は Poisson 分布に従い、イベント総数の平方根に相当する分布の広がりを持つ。 ショットノイズとは、光子の発生及び検出の過程で生じる統計的揺らぎで Poisson ノイズとも呼ばれ、検出器に発生した電子数の平方根で 表される。即ち、天体からの光、背景光、暗電流により検出器内に発生した電荷総数の平方根がショットノイズとなる。
    ・ジョンソンノイズ (Johnson noise)
    電線中を移動する電子の熱運動に起因する熱的雑音。回路の温度を下げることにより、低くすることができる。検出器内部の回路及び読み出し回路に起因する ジョンソンノイズを読み出しノイズという。

    ある天体を t 秒積分、n pixel で観測した場合の S/N 比(シグナル/ノイズ比)は以下のように与えられる。

    S/N = sg・t / √((sg+(bg+dk)n)t+rn2n)     (1)

    sg:天体からの光によって生じる電子数 (e/sec)
    bg:背景光によって生じる電子数 (e/sec/pixel)
    dk:検出器の暗電流 (e/sec/pixel)
    rn:読み出しノイズ (erms)
    t :積分時間 (sec)
    n :天体の広がり (pixel)

    明るい天体の場合は、

    S/N ~ √(sg・t)     (2)

    暗い天体の場合は、

    S/N ~ sg・√t / √((bg+dk)n)     (3)

    天体も背景も暗く、読み出しノイズで S/N が決まる場合は、

    S/N ~ sg・t / (rn√n)     (4)

    となる。

    ● 天体と背景光
    (1) 式の sg 及び bg は以下の式で与えられる。

    sg = Fλ・Δλ・S・ε/hν

    bg = Iλ・Δλ・ΔΩ・S・ε/hν

    Fλ:天体からの flux density (erg s-1 cm-2 μm-1)
    Iλ:背景光の表面輝度 (erg s-1 cm-2 μm-1 arcsec-2)
    Δλ:観測波長幅 (μm)
    ΔΩ:1 pixel の見る立体角 (arcsec2)
    S:望遠鏡の主鏡面積 (cm2)
    ε:観測システム全体の効率 (光学系効率×検出器の量子効率)
    hν:入射光子1個のエネルギー (erg)

    ● Conversion Factor
    検出器中で集められた電荷は、読み出し回路で増幅され、デジタル量に変換(A/D 変換)される。 デジタルに変換された量を ADU(または DN) と表し、1ADU が電子何個に相当するかを表す量を conversion factor と呼ぶ。conversion factor は、一定の明るさで検出器を照らして積分時間を 変えてノイズとカウントを測定することにより、以下のように実験的に求められる。

    Signal = (bg+dk)t
    Noise = √((bg+dk)t+rn2)
       ~ √((bg+dk)t) = √Signal  (t>>0)
       ~ rn  (t~0)

    conversion factor を K (e/ADU)とすると、デジタル量に変換された後のカウント C (ADU) と ノイズ σ (ADU)は以下のようになる。

    C = Signal/K
    σ ~ √Signal/K = √C/√K  (t>>0)
      ~ rn/K  (t~0)

    これより、K, rn が以下のように求められる。

    K = C/σ2  (t>>0)
    rn = Kσ  (t~0)

    ● S/N を決めるもの
    可視光の広帯域撮像や赤外での観測の場合、通常は(2)または(3)式に相当する事が多く、 S/N は集められた光子数(主鏡面積や積分時間)の平方根に比例する。特に、背景光が 検出限界を決める(3)式の状態を BLIP (Background LImited Performance) と呼ぶ。

    露出時間が非常に短い場合や、可視光での狭帯域フィルターでの観測、可視光での分光及び赤外での 高分散分光などでは、(4)式で表されるような検出器の読み出しノイズで決まる BLIP ではない状態となる。 その場合には、S/N は集められた光子数(主鏡面積や積分時間)に比例する。

    検出限界を高くするには、装置をできる限り BLIP の状況で使用することが求められる。 読み出しノイズの寄与を抑える方法として、露出時間を長くする他に、以下の方法が取られている。

    • 可視光:On chip binning
    • 近赤外:Multiple sampling, Ramp sampling

    前者は空間解像度が落ち、後者は読み出しに時間がかかるという欠点があるが、通常の観測装置には 標準的に備わっている機能である。

  4. 天体カタログ作成
    ● 天体の検出
    天体の検出は、ある一定レベルの閾値を越える pixel がある数以上繋がっている事を条件に行なわれる。 閾値が低い場合、限界のレベルでノイズか天体かを判断するのは人間の目である。閾値や繋がりの数は、 画像の質により異なるため、目で見て明らかに天体と思えるものを全て検出できているかどうかにより、 最適なパラメータを Try & Error で探す。また、同じ明るさの多数の偽天体を画像中に加え、 そのうちの何%が検出できたかを調べることにより、ある明るさの天体の何%程度が検出できているか (completeness)を評価することができる。

    ● 測光方法の種類
    天体の明るさは、厳密には暗くなっていく裾野を何らかの方法で外挿し、全体を積分することによって 求められるが、通常はそのような外挿は行なわず、以下の2つの等級のどちらかで求められることが多い。

    ・Isophotal magnitude
    ある閾値を越えた pixel のカウントの合計から求めた等級。面輝度が一定のレベルで天体の大きさを 決めることになるため、様々な形状に広がった天体に対しても、ノイズの寄与を最小限に抑えて明るさを 決めることができる。暗い天体ほど小さく見積られ、失われるカウントの比率がが増加する事が欠点。
    ・Aperture magnitude
    天体中心からある一定半径の円内(aperture)に含まれる pixel のカウントの合計から求めた等級。 天体が全て点光源(形状が同じ)なら、一律に同じ基準で評価できることになるが、広がった天体に関しては 失われるカウントの比率がが増加する。aperture 直径を広げるとノイズの寄与が増すため、通常は seeing サイズの2倍程度までにする事が多い。

    ● 多色測光
    Filter を変えて、多波長で測光を行なうことにより、天体のおおまかなスペクトルの形 (SED: Spectral Energy Distribution) を知ることができる。異なる波長帯の間での等級の差を color といい、B-V のように 引き算の形で表す。異なる color 同士を組み合わせたグラフから、天体の種類や主系列星の型をおおまかに 識別することが可能である。

    主系列星の種類
    Type有効温度B-VU-B質量半径絶対等級
    O5 45000 -0.30 -1.10 40.0 20.0 -5.5
    B0 29000 15.0 8.0 -4.0
    B5 15000 -0.16 -0.56 6.0 4.0 -1.0
    A0 9600 0.00 0.00 3.0 2.5 +0.5
    A5 8300 +0.15 +0.11 2.0 1.7 +1.8
    F0 7200 +0.33 +0.03 1.7 1.4 +2.4
    F5 6600 +0.45 0.00 1.3 1.2 +3.2
    G0 6000 +0.60 +0.12 1.1 1.0 +4.4
    G5 5600 +0.68 +0.23 0.9 0.9 +5.1
    K0 5300 +0.81 +0.46 0.8 0.8 +5.9
    K5 4400 +1.15 +1.10 0.7 0.7 +7.2
    M0 3900 +1.40 +1.20 0.5 0.6 +8.7
    M5 3300 +1.60 +1.20 0.2 0.3 +12

      絶対等級:距離10pcにおけるみかけの等級
      パーセク:年周視差1"に対応する距離
           1pc = 3600×180/π AU = 3.086×1018 cm

    以下は SDSS (Sloan Digital Sky Survey) 観測結果の例。点が集中している部分が主系列星の集まりで、 左下がF型、右上がM型に対応している。


    https://skyserver.sdss.org/dr12/en/proj/basic/color/conclusion.aspx


iwamuro@kusastro.kyoto-u.ac.jp