大気と波長帯


  1. 大気の透過率
    ● 大気の透過率
    地球大気は、可視光と電波及び赤外線の一部の波長しか通さない。

    ● 光の種類と観測手段
    光は波長により以下のような種類に分けられている。
    地上まで光の届かない波長帯では、主に天文衛星で観測が行なわれる。

    名称波長主な観測手段
    γ 線<0.1Åγ 線天文衛星/チェレンコフ望遠鏡
    硬 X 線0.1Å~6ÅX 線天文衛星
    軟 X 線6Å~100ÅX 線天文衛星
    紫外線100Å~3000Å紫外線天文衛星
    可視光3000Å~1μm可視赤外望遠鏡
    近赤外1μm~5μm可視赤外望遠鏡
    中間赤外5μm~20μm可視赤外望遠鏡
    遠赤外20μm~300μm赤外線天文衛星
    サブミリ波300μm~1mmミリ波サブミリ波望遠鏡
    ミリ波1mm~1cmミリ波望遠鏡
    マイクロ波1cm~10cm電波望遠鏡
    電波>10cm電波望遠鏡


    Fermi
    γ 線天文衛星
    https://fermi.gsfc.nasa.gov/

    Chandra
    X 線天文衛星
    https://chandra.harvard.edu/

    Subaru
    可視赤外望遠鏡
    https://subarutelescope.org

    Spitzer
    赤外線天文衛星
    https://www.nasa.gov/mission_pages
    /spitzer/main/index.html

    JCMT
    サブミリ波望遠鏡
    https://www.eaobservatory.org/jcmt/

    NRO 45m
    ミリ波望遠鏡
    https://www.nro.nao.ac.jp
    /~nro45mrt/html/index.html

    ● 大気の窓
    近赤外・中間赤外域では、H2O, CO2 などにより、地上まで透過する波長帯が不連続になっており、透過する波長帯を「大気の窓」という。
    地上からの観測は、全てこの大気の窓を通して行なわれる。
    高所の方が水蒸気柱密度が減り大気の窓が広がる。下図は、高度 0m と4200m (すばる望遠鏡のあるハワイ島マウナケア山の高さ)での天頂方向の透過率の違いを大気モデルで計算したものである。

    大気の厚みは sec z に比例するので(z は天頂角で z>60°の場合は地球が球体であることを顧慮する必要あり)、上図の吸収は天頂角が大きくなるほど強くなる。

  2. 空間分解能
    ● 大気揺らぎ
    大気の屈折率は、

    ν:波数 (μm-1)
    ps:空気の分圧(hPa)
    pw:水蒸気の分圧(hPa)
    T:温度 (K)

    により微少に変化し、

    Ds = (ps/T)[1+ps(57.90*10-8-9.3250*10-4/T+0.25844/T2)]
    Dw = (pw/T)(1+pw(1+3.7*10-4pw)(-2.37321*10-3+2.23366/T-710.792/T2+7.75141e4/T3))
    (n-1)*108 = [2371.34+683939.7/(130-ν2)+4547.3/(38.9-ν2)]Ds+[6487.31+58.058ν2-0.71150ν4+0.08851ν6]Dw
          (Owens 1967, Appl. Optics, 6, 51)                  (1)

    のように与えられる。
    以下に、標準乾燥空気(15℃, 1013.3hPa, 水蒸気無し)とマウナケア山頂(0℃, 600.5hPa, 水蒸気分圧 0.724hPa)の場合の空気の屈折率((n-1)×108 の値)を示す。

    波長標準乾燥空気マウナケア山頂
    0.5μm27912.89717466.916
    1.0μm27432.24217165.998
    2.0μm27316.17017093.324

    大気の密度(圧力)や温度・湿度のムラによる屈折率の違いは、大気上層部のジェット気流や地表付近での乱流により視野内を流れ、天体からの光の波面を不規則に乱す。この効果を "seeing" と言い、seeing の良い場所を選ぶことは、望遠鏡を設置する上で最も重要な条件の一つである。望遠鏡ドーム内での温度ムラなどの揺らぎも seeing に大きな影響を与えるので、できる限りドーム内の全てのものが外気温と同じ温度になるように、換気と熱源には十分に注意する必要がある。

    すばる望遠鏡で 25msec 間隔で取得された天体像の揺らぎ。

    ● 回折限界との比較
    マウナケア山頂での典型的な seeing size は 0".6 (1" = 1°/3600) で、他の主な天文サイトも通常 1" 以下である。近赤外線は可視光に比べ 2/3 程度の seeing であることが多く、揺らぎのタイムスケールや波面の乱れの空間的スケールも可視光に比べて長いと考えられている。

    一方、望遠鏡の口径と回折による空間分解能の大きさの関係は「光学の基礎と望遠鏡の仕組み」(12)式で与えられ、以下のような値となる。

    波長口径
    0.5m2m8m
    0.5μm0".250".0630".016
    2μm1".00".250".063
    8μm4".01".00".25

    この表から分かるように、通常、観測の空間分解能を決めているのは seeing である。もちろん、宇宙空間から観測を行なう場合には、上記回折限界により空間分解能が決まる。

    ● 大気差と大気分散
    空気の屈折率による天体の実際の高度と見かけの高度の差を大気差という。

    大気差(R)は天頂角(z)を用いて以下のように表される。

    R = R0tan z+R1tan3z
    R0 = (n-1)(1-H)
    R1 = (n-1)2/2-(n-1)H            (2)

    H は地球半径を単位とした大気の scale hight で、H≒0.00130 である。
    n は観測地点での大気の屈折率で、上記(1)式で与えられる。
    以下に、標準乾燥空気(15℃, 1013.3hPa, 水蒸気無し)とマウナケア山頂(0℃, 600.5hPa, 水蒸気分圧 0.724hPa)の場合の R0(")の値を示す。
    (tan z~1 程度の範囲までは R1 の項は無視できる)

    波長標準乾燥空気マウナケア山頂
    0.5μm57".50035".981
    1.0μm56".51035".361
    2.0μm56".27035".212

    大気差の波長による差を大気分散という。マウナケア山頂では、近赤外での大気差は小さいので観測の支障とならないが、可視光では観測波長帯内での大気分散が 高度が低い場合に無視できなくなるので、光学的に波長分散を補正する必要がある。

  3. 背景光
    ● 地上から天体を観測するときに背景光として問題となる成分
    可視光 :地上などからの散乱光
    近赤外 :OH 夜光輝線
    中間赤外:望遠鏡や大気からの熱輻射

    ● 宇宙から天体を観測するときに背景光として問題となる成分
    可視光~近赤外:黄道光
    中間赤外   :黄道面付近のダストからの熱輻射
    遠赤外    :望遠鏡からの熱輻射または銀河内の星間ダストからの熱輻射

    記号名称温度emissivity備考
    GBTGround-Based Telescope273 K0.1望遠鏡鏡面からの熱輻射
    AEAtmospheric Emission~ 273 K1 - 透過率地球大気からの熱輻射
    OHOH airglow------地球大気からの非熱的放射
    ZSLZodiacal Scattered Light5800 K3×10-14黄道面付近のダストによる太陽光の散乱
    ZEZodiacal Emission275 K7.1×10-8黄道面付近のダストからの熱輻射
    GBEGalactic Background Emission17 K10-3銀河面付近のダストからの熱輻射
    CSTCryogenic Space Telescope10 K0.05冷却宇宙望遠鏡での熱輻射
    CBRCosmic Background Radiation2.73 K1.0宇宙背景放射
                 ZSL,ZE の図と emissivity は黄道面の極方向での値

    ● 観測限界を決めるもの
    • 透過率が高い
    • 背景光が暗い
    • 空間分解能が高い(seeing が良い)

    が基本的な条件で、観測システムは基本的にはこれらの条件をできる限り損なわないように設計されるべきである。

  4. 単位と有用な式
    ● 単位と名称
    LLuminosity光度erg s-1
    FFlux(流束)erg s-1 cm-2
    IIntensity強度erg s-1 cm-2 sr-1
    FνFlux density(流束密度)erg s-1 cm-2 Hz-1, Jy
    Fλerg s-1 cm-2 μm-1
    IνSurface brightness表面輝度erg s-1 cm-2 Hz-1 sr-1
    Iλerg s-1 cm-2 μm-1 arcsec-2
                   1 Jy = 10-23erg s-1 cm-2 Hz-1
                   (1 maggy = 3631 Jy)

    Fν [Jy] = Fλ λ2/(3.0×10-9)
         (λの単位は μm)

    Fν∝ να, Fλ∝ λβ の場合、να ∝ λβ+2 ∝ ν-β-2 より α+β=-2

    ● 黒体輻射
    Bλ = 2hc2λ-5/(exp(hc/λkT)-1) [erg s-1 cm-3 sr-1]
      = 1.1910×1011λ-5/(exp(14387.7/λT)-1) [erg s-1 cm-2 μm-1 sr-1] (λの単位は μm)
      = 2.80λ-5/(exp(14387.7/λT)-1) [erg s-1 cm-2 μm-1 arcsec-2] (λの単位は μm)
    1 arcsec2 = (π/180/3600)2 sr = 2.350443×10-11 sr

    λmax = 2898/T  (Bλが最大となる波長、λの単位は μm)

    ● 波長帯と等級 (magnitude)
    m = -2.5 log10(Fλ/F0λ) = -2.5 log10(Fν/F0ν)

    0mag を決定する Flux density (F0λ)として Vega の値(下表参照)を用いたものを Vega 等級、
    波長によらず 3631Jy を 0mag としたものを AB 等級と呼ぶ(maggy はこの値を1とした linear な単位)。

    波長帯と Vega の Flux density (背景光は典型的な値)
    波長帯中心波長
    [μm]

    [μm]
    F0λ
    [erg s-1 cm-2 μm-1]
    F0ν
    [Jy]
    AB 等級
    [mag]
    背景光
    [mag/□"2]
    U0.36520.05264.28×10-518900.70921.6
    B0.44480.10086.19×10-54020-0.11122.3
    V0.55050.08273.60×10-53590-0.01221.1
    Rc0.65880.15682.15×10-530200.20020.6
    Ic0.80600.15421.11×10-523800.45819.7
    u'0.35850.05563.67×10-515400.93121.6
    g'0.48580.12975.11×10-53930-0.08622.0
    r'0.62900.13582.40×10-531200.16420.7
    i'0.77060.15471.28×10-525100.40119.9
    z'0.92220.15307.83×10-621900.54918.8
    J1.2150.263.31×10-616300.87015.8
    H1.6540.291.15×10-610501.34813.9
    Ks2.1570.324.30×10-7 6671.839
    K2.1790.414.14×10-7 6551.85813.4
    L3.5470.576.59×10-8 2762.796 5.3
    L'3.7610.655.26×10-8 2482.913
    M4.7690.452.11×10-8 1603.389 0.0
    8.78.7561.21.96×10-9 50.04.652
    N10.4725.199.63×10-10 35.25.033
    11.711.6531.26.31×10-10 28.65.259
    Q20.1307.87.18×10-11 9.706.433

    可視光では大気は全ての波長に対して透明なので、観測波長帯は使用するフィルターによって決定される。
    現在、以下の2つのフィルターシステムが標準的に用いられている。
    以下は、すばる望遠鏡主焦点カメラのフィルター透過率(Uバンドは無い)。

    • Johnson-Cousins system

    • SDSS system

    赤外域での観測波長帯は大気の窓で決められており、使用するフィルターも大気の窓に合わせたものを用いる。
    Vega を基準にして明るい星から暗い星まで多くの星の明るさが測定されており、測光標準星のカタログとして利用されている。
    天体の明るさは、最寄りの測光標準星との相対的な明るさとして測定される。


iwamuro@kusastro.kyoto-u.ac.jp