空間分解能の改善


  1. 干渉計
    ● 回折と干渉
    干渉計は、複数の望遠鏡を間隔を開けて並べ、光の入射角の微少変化に伴う望遠鏡間の位相差を干渉させて調べるもので、光学の基礎(11)式により計算することができる。以下は、望遠鏡数が2及び3の場合の干渉計について、点光源に対する像を計算したものである。


    2素子干渉計

    3素子干渉計

    回折像 (10%レベル)

    回折像 (10%レベル)

    回折像 (1%レベル)

    回折像 (1%レベル)

    上図から分かるように、干渉計により得られる像は、単一口径による回折像と望遠鏡間の干渉によってできる干渉パターンの重ね合せである。干渉計の分解能は、縞の幅で定義され、光学の基礎(12)式で与えられる矩形開口の場合の口径Dを望遠鏡間隔Lとしたものと同じである。

    ● 干渉計
    干渉計の手法は電波天文では早くから発達したが、その理由として以下のことが考えられる。

    • 電波では大気の影響が少なく、常に回折限界像が得られている。即ち、ビーム内の波面の乱れが少なく、干渉させることが容易である。
    • 電波では、光を波として直接記録することができるため、磁気媒体に別々に記録された個々の干渉計素子のデータを、計算機(相関器)中で干渉させる事が可能である。これにより、光の到達時間差(位相差)と地球の自転の影響を補正する。

    可視・赤外線での干渉計は単一望遠鏡内での大気揺らぎによる波面の乱れを補正してから、リアルタイムで位相差を補正しながら直接1個所に集めて重ね合わせる必要がある(光を波として記録することができない)ため、実現させることが極めて困難である。しかし、これまでに幾つかの小口径の望遠鏡で成功しており、近傍の数百天体の恒星の直径が測定されている。近年では、後述の AO を用いて波面を修正した大口径望遠鏡を組み合わせて、近赤外線で干渉させようとする試みが行なわれている。以下は VLT 4台による干渉計(VLTI)の例。


    https://www.eso.org/sci/facilities/paranal/telescopes/vlti.html


    https://www.eso.org/public/news/eso0134/


    https://www.eso.org/public/news/eso0111/

    LBT 干渉計と取得画像

    もう1つ
    https://www.popsci.com/bown/2008/gallery/large-binocular-telescope-photo-gallery/
    https://www.as.arizona.edu/lbt-interferometer-lbti
    https://arxiv.org/pdf/2007.14530.pdf

  2. 大気揺らぎと従来の補償法
    ● Fried parameter (r0)
    大気揺らぎにより波面が乱されるが、小さい空間スケールでは局所的に波面の形状は保たれている。この、波面が維持される最小のサイズを Fried parameter と呼び、r0 で表される。r0は観測地点での大気の状態と、波長λ,天頂角zにより決まる。

    r0 ∝ (λ/√(sec z))6/5      (1)

    望遠鏡口径を D として、

    D < r0 の場合:解像度は回折で決まる
    D ~ r0 の場合:解像度は像位置の揺らぎ(dancing)で決まる
    D > 4r0 の場合:解像度は波面揺らぎで決まる
            FWHM = 0.98λ/r0      (2)

    可視光(波長0.55μm)でのr0の値は、日本国内では 7cm 程度、マウナケア 山頂では 20cm 程度である。
    (2)式より seeing に換算すると、それぞれ 1.4", 0.5" となる。
    近赤外 K バンド(波長2.2μm)の場合には、(1)式より、r0~35cm, 1m (seeing 換算で 1.2", 0.4") となる。

    ● Tip-Tilt
    望遠鏡口径が上記 r0 の数倍程度である場合には、大気揺らぎによる天体の重心位置の移動を補正するだけで、大気揺らぎの影響をかなり取り除くことが可能である。観測装置(もしくはガイダー)の視野内の明るい星の重心位置を高速で測定し、副鏡/第3鏡/装置内部の鏡のいずれかの鏡にフィードバックをかけて高速で制御することにより、天体の重心位置の移動が抑えられ、解像度が向上する。

    以下は、WIYN3.5m望遠鏡の Tip-tilt Camera (WTTM) の例。


    https://www.wiyn.org/wttm.html

    ● Shift and Add
    上記 Tip-Tilt をソフト的に行なう方法。天体像を短い露出時間で連続して取得し、ソフト的に重心を合わせて重ね合わせる。露出時間が短くなるため、検出器の読み出しノイズが影響し、暗い天体の観測をすることはできない。


    http://www.nhao.jp/~tsumu/Research/Intr_ov/overview.htm

    ● Speckle 干渉法
    大気揺らぎにより、瞬間的な星の像は speckle と呼ばれる歪んだ像になる。連星などのような天体の構造に関する情報は speckle によりならされてしまうが、狭い範囲内では speckle のパターンは一定なので、数多くの短時間露出の画像をフーリエ変換をする事により、全てに共通する天体の構造に関する特徴的な周波数成分を取り出す事が可能である。このような方法で天体の構造を調べる手法を、Speckle 干渉法と呼ぶ。

    フーリエ変換前後の関数の変化は以下のようになる。

    変換前変換後
    δ関数1 (定数)
    δ関数2つ三角関数
    gauss関数gauss関数
    gauss関数2つgauss関数×三角関数

    Speckle 干渉法での観測例。左から、パワースペクトル、位相、再合成像(縦線は1" に対応)の順。パワースペクトルで間隔の狭い縞は、0.79" 離れた成分を表し、太い縞は主星のごく近傍に 0.04" 離れた成分がある事を示すものである。

    ● OTCCD
    OTCCD (Orthogonal Transfer CCD) は、電荷を縦横両方に転送できる CCD で、星像の重心位置の移動を電荷転送によりリアルタイムで補正することが可能なものである。Tip-Tilt に比べ機械的に動く部分がないため、どのような望遠鏡でも使用する事ができ、開発が進めば広く出回る可能性がある。


    http://www.nhao.jp/~tsumu/Research/Intr_ov/overview.htm

    ハワイ大学がPan-STARRS 1.8m 望遠鏡用に 38400×38400 画素の OTCCD を用いて観測を行っている。


    https://neo.ifa.hawaii.edu/?page_id=27

  3. 補償光学 (AO)
    ● AO(Adaptive Optics)の原理
    望遠鏡の口径が大きくなると、天体の speckle 像は複雑なものとなり、重心移動よりも波面全体の乱れが解像度を決める状態となる。そのような場合には、重心移動による補正だけでは余り効果がなく、波面全体の乱れを補正する必要がある。AO は波面の形状を調べる波面センサ(Wavefront Sensor)と可変形鏡(Deformable Mirror)を用いて、リアルタイムで波面の乱れを補正するシステムで、現在は主に speckle の変動がゆるやかな近赤外線で大きな成果を上げている。AO を用いるには観測天体の近くに、波面をモニタできる明るい天体が必要であるため、任意の方向で AO を使うには後述のレーザーガイド星が必要となる。


    AO の原理

    波面センサ
    https://www.naoj.org/en/about/instrument/ao36/index.html


    AO 無しの場合(左)と有りの場合(右)の比較
    https://subarutelescope.org/old/Pressrelease/2002/01/16/j_index.html

    ● Isoplanatic Angle と Coherence Time
    波面の揺らぎの形状が同一であると見なせる範囲を Isoplanatic Angle といい、変化のタイムスケールは Coherence Time と呼ばれる。これらはどちらも r0 を用いて、以下のように表される。

    Isoplanatic Angle:θ~r0/H, (H~10km)
    Coherence Time:τ~r0/v, (v~30m/s)

    近赤外 K バンド(波長2.2μm, r0=1m)の場合には、θ~20", τ~30msec となる。


    30m 望遠鏡での大気揺らぎのシミュレーション

    MCAO (Multi-Conjugate Adaptive Optics)
    望遠鏡近くの低い層での波面の乱れは広い角度範囲内で共通であるが、高い層での波面の乱れは Isoplanatic Angle より広い角度に対しては異なるものとなる。

    MCAO は、波面の乱れの発生するそれぞれの高度に対応した光学的な位置(Conjugate)に、別々の可変形鏡を置いて波面を補正するもので、非常に広い視野範囲内で波面を補正する事が可能である。但し、異なる方向に複数の波面参照用の明るい天体が必要で、レーザーで上空に作った疑似天体(後述)を使用することが必須である。これに対し、1方向のみの 従来の補償光学を SCAO (Single-Conjugate Adaptive Optics) という


    https://webarchive.gemini.edu/documentation/webdocs/preprints/gpre62.pdf

    MCAO 動画シミュレーション

    AO 無し

    通常の AO

    MCAO

    ● GLAO (Ground Layer Adaptive Optics)
    地表に近い部分での波面の乱れの成分のみを補正する AO で、波面の乱れは完全には補正されないが、一つの可変形鏡で広い視野をカバーできる。

    MOAO (Multi-Object Adaptive Optics) (図:https://www.eso.org/sci/facilities/develop/ao/ao_modes/.html)
    低高度と高高度の乱れの成分から、観測したい天体位置での波面の乱れを計算し、個々の天体に対し1つずつの可変形鏡で個別に補正する AO。多天体面分光装置としての利用が期待される。一般に、レーザーガイド星で高度別の大気揺らぎ成分を測定し、観測天体位置での波面を計算して補正する手法を LTAO (Layer Tomography Adaptive Optics) という(狭義の LTAO は中央付近のみで使用した場合を指す)。

    ● ExAO (Extreme Adaptive Optics)
    可変形鏡と波面センサの素子数を増やして、かつ高速にフィードバックをかける事により、r0 の小さい短い波長の光にまで効果が出るようにした AO。長い波長側ではより正確に波面が補正されるため、広がった成分が一層抑えられる。完全に動作させるには、波面参照用の天体として更に明るい天体が必要となる。

    ● LOAO (Low emissivity Optimized Adaptive Optics)
    可変形鏡を含む多くの AO 用光学系からの熱放射を抑えるため、AO システム全体を真空容器に入れて冷却したもの。

    ● 可変副鏡 (Adaptive 2ndary)
    厚さ 2mm に非常に薄い鏡の背面に多数のボイスコイルアクチュエータ (Voice CoilActuator) を取り付け、高速で鏡面形状を変動させることができるようにした副鏡。AO をするための余分な光学系無しで波面の補正ができるため、近年徐々に導入が進められている。


    https://www.researchgate.net/figure/a-The-MMT-adaptive-secondary-mirror-prior-to-aluminization-of-the-front-surface_fig3_222711931

    ● レーザーガイド星 (Laser Guide Star)
    任意の天体に対して AO を適用したり MCAO を行なう際には、波面を参照するための明るい天体を自由に視野内に配置できる必要がある。そのために、地上から上空に大出力のレーザーを打ち、上空の Na 層を励起させて光らせることにより、疑似天体を発生させて波面参照星とする技術が実用化されている。


    https://www.gemini.edu/gallery/category/gs-laser-guide-star


iwamuro@kusastro.kyoto-u.ac.jp