光赤外観測天文学の最前線

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京都大学 大学院理学研究科 宇宙物理学教室

岩室 史英

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近代望遠鏡の歴史


20世紀以降、近代望遠鏡の口径は40年で2倍の割合で巨大化しました。
(近代望遠鏡の歴史の概説はこちら)

大雑把には...

1900年:2m
1940年:4m
1980年:8m

という感じで、このままの割合が続くとすると、

2020年:16m
2060年:32m

なのですが、現在進められている TMT 計画は 2021年に30m望遠鏡を
完成させる予定なので、一気に40年分加速しようという計画です。
ここでは、観測天文学の最近の話題に関して紹介したいと思います。


撮像装置の進化


撮像装置の画素数は約3年で2倍の割合で巨大化し、現在は1Gpix を越える
画素数のカメラが登場しています。下図は、撮像カメラの視野直径と搭載
する望遠鏡の口径を両対数グラフにしたもので、右上ほど掃天観測能力が
大きくなります。満月の直径は0.5°オリオン座三つ星の両端間隔は3°です。

上図で、三角の向きは北半球と南半球の違いを、中空シンボルは近赤外線
カメラ(その他は可視光カメラ)を表しています。LSST は現在計画進行中です。


Subaru/HSC

すばる望遠鏡の可視超広視野カメラ。5枚の補正レンズ(最大直径82cm)と 2k x 4k の
CCD 116個を搭載しており、直径1.5°の領域を一度に観測可能。CCD は長波長側で
高い感度を持つ「完全空乏型CCD」を用いている。

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LSST

口径8.4mの鏡(中央の穴の面積を差し引くと有効口径は6.7m)と 3.2Gpix の
CCD を組み合わせた究極のサーベイ望遠鏡。直径3.4mの凸面を含む3回の
反射光学系と3枚の補正レンズ(最大直径155cm)で3°の視野を実現している。

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分光装置の進化


分光装置は撮像装置に比べて多種多様で、なかなか同一の指標で比較する
事ができませんが、同時に多くの天体を観測できる多天体分光器か、面状に
広がった領域を分光できる面分光器のどちらか(多天体面分光器というのも
出てきました)を、マルチスリット(イメージスライサーを含む)またはファイバー
で実現するというのが現在主流の分光装置です。

多天体分光器面分光器多天体面分光器
マルチスリットMOSFIREMUSE, KCWIKMOS
ファイバーFMOS, PFSHETDEX---

ファイバーによる面分光器は比較的容易に実現でき、中型の望遠鏡などで
多く利用されています。


Keck/MOSFIRE

Keck望遠鏡の近赤外多天体撮像分光器。46組の冷却 slit 板が独立に動き、
スリットマスクを用いないマルチスリットの多天体分光を可能にした。  
JWST (6.5m 宇宙望遠鏡) でもこの方式が採用される予定。

 

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VLT/XSHOOTER

VLTの可視近赤外分光器。波長 0.3〜2.5μm の紫外から近赤外までの非常に
広い波長帯を、ダイクロイックミラーで3つの波長帯で分け、それぞれを回折格子と
プリズムを組み合わせた分光器により一度に観測できる。3分割のイメージスライ
サーも搭載している。(下右図は近赤外分光器部分)

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VLT/KMOS

VLTの多天体近赤外面分光器。24本のピックアップアームで天体の光を拾い、
個々の天体を14分割のイメージスライサーで分割して面分光スペクトルを得る。
ピックアップアーム内のリレー鏡でアーム長の違いによる光路長の違いを補正する。

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Subaru/FMOS

すばる望遠鏡の近赤外ファイバー多天体分光器。エキドナと呼ばれる釣り竿式の
ファイバー配置装置で400本のファイバーを配置し、2台の大型冷凍庫内の分光器で
近赤外スペクトルを取得した(2016年に引退し更に大型の装置との交換中)。


現在活躍している 8〜10m 級の大型望遠鏡では、近年は近赤外多天体分光装置の
開発に重点が置かれています。一方、すばる望遠鏡では広い視野が観測できる主焦点
観測装置の開発を進め、他の望遠鏡にはない特長を伸ばして競争力を高めています。

現在開発が進められている装置は、可視光の広視野面分光器(VLT/MUSE, Keck/KCWI,
HET/HETDEX)や可視光のファイバー多天体分光器(Subaru/PFS)で、30m級超大型望遠鏡の
時代に備えて現在の大型望遠鏡のサーベイ性能を強化する動きとなっています。


     MUSE            HETDEX      PFS (概要/ポジショナ)


現在進行中の大型計画


現在、次世代の超大型望遠鏡プロジェクトとして TMT, GMT, E-ELT の3つの地上
望遠鏡と JWST 宇宙望遠鏡の計画が進行中です。


TMT 30m(画像検索)


GMT 22m(画像検索)


E-ELT 39m(画像検索)


JWST 6.5m(画像検索)


超大型望遠鏡と従来の望遠鏡との主鏡サイズ比較

地上の超大型望遠鏡では、望遠鏡の光学性能を維持するために補償光学の重要性は
極めて高く、補償光学が十分に機能する近赤外観測装置に重点が置かれています。

補償光学がうまく働けば解像度は JWST を上回るものになりますが、地上からの
近赤外観測は、大気の夜光輝線や望遠鏡からの熱放射の影響を受けるため、撮像
観測時の感度は JWST が地上観測を圧倒的に上回ります。このため、撮像観測は
JWST で行い、地上からは高解像度の撮像や面分光など詳細な観測を行う方針で
進められています。

ここでは、地上超大型で最も進んでおり、日本も参加している TMT で開発中の
観測装置を見てみましょう。


TMT 望遠鏡の観測装置



観測装置の配置


IRIS


IRMS

TMT の観測装置はどれも巨大で交換が困難であるため、第3鏡の向き
を変えて装置を切り替えます。第1期の観測装置は以下の3つです。
  • IRIS : 近赤外面分光器。撮像時の視野は17秒角と狭いが、
    その分精度の高い補償光学が可能となるため、望遠鏡の性能を
    完全に引き出すことができる。イメージスライサーを幾つかの
    拡大率で選択でき、高い解像度での面分光を行うことができる。
    日本からは、この装置の撮像光学系部分の開発に参加している。

  • IRMS : 近赤外多天体分光器。Keck/MOSFIRE とほぼ同じ
    装置で、撮像時の視野は2.1分角。多共役補償光学という方法で
    視野全体での補償光学を行う。46天体までの同時分光が可能。

  • WFOS : 可視多天体分光器。9.6x4.2分角の視野内で、約百天体
    の同時分光が可能な装置。補償光学を用いずに広い視野を観測
    する装置であるため、とにかく非常に大きい。


WFOS

第1期観測装置は技術的な限界を狙わずに、経験に基づいた"手堅い"
観測装置ですが、個々の大きさは非常に大きく、従来の装置の2〜3倍
の大きさになります。観測が進むにつれ、TMTの装置も更に限界を目指す
事になるでしょうから、将来の TMT の装置は想像もできないほど大きく
複雑なものになるものと思われます。


京大の取り組み


宇宙物理学教室と理学研究科附属天文台では、口径3.8mの分割鏡望遠鏡
「せいめい」を岡山に建設しました。

新しいアイデアを用いた独自の観測装置を用いて、
サーベイやモニター等の時間を要する観測を中心に
観測研究が行われる予定です。