天文学者の仕事

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京都大学 大学院理学研究科 宇宙物理学教室

岩室 史英

〒606-8502 京都市左京区北白川追分町
e-mail: iwamuro@kusastro.kyoto-u.ac.jp
TEL: 075-753-3891 / FAX: 075-753-3897


宇宙の大きさ


太陽を水素原子の大きさにすると...

太陽から木星までの距離は...

ウィルス程度、


隣の星(プロキシマ・ケンタウリ)までの距離は...

米粒程度、


オリオン星雲までの距離は...

人間程度、


銀河系中心までの距離は...

ビル程度、


アンドロメダ銀河までの距離は...

町程度、


最も近い銀河団までの距離は...

都道府県程度、


ちょっと離れた銀河団までの距離は...

日本程度、


我々の見ることのできる宇宙の果てまでの距離は...

地球程度となります。つまり、
原子より遥かに小さい所から地球規模のサイズのものを観測
しているわけです。


天文学者の分類


天文学者は大きく分けて3つに分類されます。

  1. 理論屋
  2. 観測屋
  3. 装置屋
では、それぞれの最近の仕事ぶりを見てみましょう。


理論屋の仕事


理論屋は、観測屋の結果からあれこれ考えるのが仕事です。  
宇宙の背景に見えるほんの少しの温度ムラから、宇宙の大きさや
年齢がわかったりします。                 


複雑な理論

宇宙は誕生直後に瞬間的に広がり、その後も膨張を続けています。

最近では、コンピュータ内での実験(シミュレーション)も多用されています。
以下は宇宙の進化を計算機内で再現した現在の宇宙の様子です。      

以下は銀河同士の衝突の様子を再現したものです。

全て分かってしまっているように見えてもまだまだ謎は沢山ありますので、
理論屋は当分廃業しませんが、なかなかセンスの要る商売です。     


観測屋の仕事


光は波長によって呼び名が変わり、観測方法もまちまちです。


Fermi
γ 線天文衛星

Chandra
X 線天文衛星

Subaru
可視赤外望遠鏡

Spitzer
赤外線天文衛星

JCMT
サブミリ波望遠鏡

NRO 45m
ミリ波望遠鏡

波長によって見え方が全く異なります。

NGC 5128 (ケンタウロス A)

左から、X線、可視光、電波、水素原子輝線(電波)での見え方。

NGC 4594 (ソンブレロ銀河)

上から X線、可視光、赤外線での見え方。

以下、特に可視近赤外波長域での観測屋の仕事です。
この波長の観測屋のほとんどは地上から観測しますが、
簡単なことではありません。

公募観測を行っている天文台に観測提案をする

厳しい競争に勝ち抜く

指定された日に観測所へ行く

観測手順をオペレータに指示して観測

観測データを持って帰る

データを解析する

論文を書く

日本人の観測屋がもっとも良く利用するのは、すばる望遠鏡です。
すばる望遠鏡は北半球でもっとも優れた観測地である、ハワイ島 
マウナケア山頂(高度 4200m)にあります。           

山頂には現在大小13の望遠鏡があります。

銀色の円筒状のドームが日本のすばる望遠鏡です。

水素輝線だけで辛うじて見えている宇宙初期天体。       
宇宙膨張により波長が 7.6 倍に引き延ばされて観測されています。
宇宙がまだ8億歳(現在の宇宙は137億歳)の頃の銀河です。    

 

ハッブル望遠鏡により最近発見された
更に遠い天体はこちら

すばるの隣にあるケック10m望遠鏡により観測された銀河中心の姿です。

中心付近の天体の運動や活動の様子から、中心には太陽370万個分の
質量を持つブラックホールがあるものと考えられます。      

塵に隠されて見えないブラックホール、遠すぎてまだ見えていない宇宙初期天体、
解像度がさらに必要な惑星形成の現場など、見えていないものはまだまだ沢山  
あり、観測屋の仕事もすぐには無くなりそうにはありません。         

ところで、観測屋にとって最も重要な素質は何でしょうか?

 

...

 

それはここ一番に「晴れ」を引き寄せられる能力です。
最高の望遠鏡も雲には勝てません。         


装置屋の仕事


天体の観測は望遠鏡だけではできません。観測目的や観測対象により、
観測装置を使い分けることで様々な観測が行われます。装置屋は、  
その時々の最新の技術を用いてこれまでにない性能の装置を作り、  
新たな観測領域を切り開く研究者です。              

観測装置は大きく別けて2つの種類があります。

  1. 撮像装置:天体の像を様々な波長で撮る装置
  2. 分光装置:天体のスペクトルを調べる装置 

スペクトルとは、波長により振り分けられた光のことで、細いすき間を通した
太陽の光がプリズムなどを通ったときに見ることができるものです。    

良く見ると、ところどころ切れていますね。このようなスペクトルの特性を
詳しく調べることにより、天体の表面がどうなっているがが分かります。 

満月 1 個分の視野を持つすばる望遠鏡の主焦点カメラ。

焦点には 2000 x 4000 画素の CCD 10個が置かれています。
(現在、面積10倍(CCD 116個!)の装置の開発が進められています)

京都大学を中心に開発されたすばる観測装置「ファイバー多天体分光器」。
ピエゾ(高電圧で伸縮する結晶)でファイバー先端を微小駆動。
分光器本体は背景光を抑えるため、大型冷凍庫で冷却されます。

 

近年は、観測天文学もビッグサイエンスになりつつあり、望遠鏡も観測装置も
どんどん巨大化しています。10年以内の完成を目指している次世代の望遠鏡は、
とても1つの国で作れるものではありません。               

次世代30m望遠鏡

直径1.44mの六角形の鏡を492枚敷き詰めて1枚の鏡にします。
となり同士の鏡の段差は0.05μm以下でなければなりません。
(これは紀伊半島全体を0.2mmで整地することに相当します)

この望遠鏡に搭載される装置は、大きいものだと装置だけですばる望遠鏡並の
大きさになります。考えるだけでも大変な話です。            

このような巨大望遠鏡の性能を最大限引き出すためには、大気揺らぎの影響を
補正することが必須です。現在、高出力レーザーを用いて大気上空に疑似星を
つくり、大気の揺らぎによる像の乱れをリアルタイムで補正する技術が実用化
されています。次世代の望遠鏡からは、同時に5本のレーザーが空に向けて 
打ち上げられることになる予定です。                  


残念ながら日本では、欧米に比べて次世代望遠鏡に関する技術開発が遅れて
いるのが現状です。独自の次世代望遠鏡が検討された時期もありましたが、
現在は国立天文台主導で TMT 計画に参加しています。

京都大学では、次世代望遠鏡に必要な技術を日本独自で開発して、次世代望
遠鏡のプロトタイプとなる国内最大口径の3.8m望遠鏡を建設する計画を進めて
います。                             

欧米の計画に相乗りして少しでも早く30m望遠鏡を完成させることも重要ですが、
やはり装置屋としては、日本が中心となって独自の巨大望遠鏡を作ってみたい
ものです。前途多難ですがやることはまだまだ沢山あります。       

ところで、装置屋にとって最も重要な素質は何でしょうか?

 

...

 

それは到底不可能と思われるようなことを実現するための
「根気と根性」です。これは普通の会社の仕事にも共通 
していますね。                   



おわりに


天文学者の仕事の雰囲気がおわかり頂けましたでしょうか。
これほど日常生活からかけ離れて直接世の中の役に立っていない
仕事も珍しいですが、皆さんの楽しみの一つとして今後とも  
ご支援頂ければ幸です。