可視広帯域高分散分光器

http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/~iwamuro/HDS/

岩室 史英 (京大宇物)


●可視高分散分光器

通常の可視高分散分光器(Keck HIRES の例)


https://www2.keck.hawaii.edu/inst/hires/

クロスディスパーザにも回折格子を使用するため、
  • ダイクロイックミラーで2つに分けないと、広い波長帯を一度に観測できない
  • 波長帯の端で効率が低下する
などの欠点がある。

クロスディスパーザをプリズムにすると(CFHT ESPaDOnS / Calar Alto CARMENES の例)


http://www.ast.obs-mip.fr/projets/espadons/espadons.html           https://carmenes.caha.es/ext/

のようにかなりのサイズのプリズムが必要になる。
ファイバーで離散スリットをつくればクロスディスパーザの分散は小さくて済むはず。

但し、この場合は検出器上での軸上色収差を広い波長範囲で0にしなくてはならないため、 反射光学系で構成する必要がある。

●3.8m 望遠鏡用可視相対高分散分光器

以下の条件で設計した。
  • 原則として byconic 反射面のみ
  • 回折格子は大面積マスターが既に存在するパラメータを用いる
    (Richardson Gratings 53-*-127E)
  • 検出器サイズは 4k x 4k, 15μm pixel (6cm□) を仮定
  • 波長分解能は最大で 10万/pixel 以上
  • 結像精度はほぼ全域で 2pixel 以内
  • CCD 直前の入射窓は溶融水晶 t8mm を仮定

設計手順は、

  • 近赤外分光器の設計で得られている解から出発
  • CCD 直前の入射窓は無い状態で設計
  • 回折格子のパラメータを徐々に変化させて最適解の変化を追う
  • CCD 周辺でのビーム引き出し量を確保し、かつ結像精度をあまり悪化させない範囲内で、瞳位置やカメラ系のパワーを変更して可能な限りの縮小光学系にする
  • クロスディスパーザプリズムの最適な材質を選んで再度最適化
  • 最も良い解が決まったら CCD 直前に入射窓を加え、軸上色収差をキャンセルするために、プリズムの片面に若干のパワーを与えて再度最適化
その結果、F/5 => F/1.64 の 3:1 縮小光学系ができた。

検出器上でのフォーマットは以下の通り。

  • スペクトルは 21次〜54次までを使用(実際はもう少し外まで使える)
  • スペクトルの間隔は 94μm 〜 104μm (1ユニットの幅は3mm)
    (2本のファイバーで1ユニットとしたかったが、プリズムの分散を上げられず断念)
  • 1天体を7本のファイバーで受け、2天体同時分光が可能
  • φ50μm のファイバーを用いた場合は最大波長分解能は約10万、
    φ100μm のファイバーの場合は波長分解能は約5万
    (ファイバーは OPTRAN WF のポリイミドジャケットかな)
  • 720nm (29次)までは連続したスペクトルが得られるが、それより長波長では周期的に観測できない部分が現れる

以下、上図 "+" 位置でのスポット図 (21次の両側のスポットは検出器外)

Zemax ファイル

 一応理想解は出たが、少しでも設計から外れるとすぐに波長分解能が落ちるので、波長分解能10万のモードは全てうまく行った場合しか達成できない。ファイバーは φ100μm と φ50μm の2種類を準備しておき、通常は太い方を使うことになると思う。

 また、2m サイズで F/1.64 の光学系は温度変化に非常に敏感で、鏡の検査方法や光学調整も相当難しい事が予想されるので、よく考えないといけない。

例えば...

  • CCD カメラマウント部はピエゾでほんの少し上下左右にオフセットがつけられるようにして、露出ごとに 1/2 pixel 分ずらして何とか 1pixel 以下の情報が読めないか、もしくは 1pixel サイズが 5μm の CCD も準備しておいて、CCD 部分を交換する(波長分解能10万モードのため)。

  • 光学調整はほぼ全てリモートでできるようにして、スポットサイズの判定から光学調整を全て自動化し、調整スクリプトが1週間位昼夜を問わず走り続けて調整を完了させるようにする(人間が頑張れば頑張るほど恒温槽内部の環境は乱れるので)。

  • biconic mirror の検査法は要検討。単に点光源からの斜入射ビームでチェックできれば最も楽なのだが...

●調整に必要な精度など

個々の光学素子の位置を±0.1mm、角度を±0.02°ずつずらして像サイズへの影響を調べた。
+,- での影響の違いはほとんどないが、悪い方の数値を以下にまとめる。

Opticszxyθxθyθz備考
初期値0.0040
Mirror #10.00440.00400.00440.01400.00410.0040
Prism 0.00400.00400.00400.00400.00400.0041
Grating 0.00400.00400.00400.00650.00400.0040
Mirror #20.00710.00400.00400.00900.00500.0055
Mirror #30.01360.00410.00400.00450.00480.0040
Mirror #40.01520.00410.00570.03600.00680.0041横ずれは角度で相殺可
Mirror #50.00950.00600.00590.01530.00500.0040
Mirror #60.02610.00630.00660.02980.02030.0040横ずれは角度で相殺可

●波長分解能10万バージョン

上記の設計案に以下のコンセプトを追加。
  • 回折格子を R4 (ブレーズ角 75.9 ° Richardson Gratings 53-*-425E)に変更
  • Littrow 入射に近づけるため、コリメータと第1カメラミラーを共通化
  • プリズム片面に軸外しの高次補正項を入れる(シュミットプレートのような感じ)
  • CCD は画素9μm の 10k x 10kのもの (STA1600DD) を用いる
     (2015.9.4 現在、販売はLNタイプのみで、CCD 125k$, 読み出し回路 44k$,
     Dewar やシャッターも含めたカメラシステムは 350k$ 程度との事)。
  • CCD 入射窓は厚さ 12mm の溶融水晶
  • ファイバーコア径は50μm と 100μm の2種

Zemax ファイル

概要:

    スリット・コリメータ間距離 L = 840mm
    ファイバーコア径 s = 50μm (100μm)
    ブレーズ角 θ = 75.9°
    波長分解能 R = 2L/s tanθ = 2*840/0.05*4 = 134,400 (67,200)
    入射 F 比 F = 5
    ビーム径 φ = L/F = 840/5 = 168mm
     回折格子に79°で入射するので、168/cos79°= 880mm
     回折格子サイズは 200 x 800 なので、両端 5% ずつはみ出る(面積的には 1% 強)
    スリット長  120mm
    光学系縮小率 0.62
    スリット像  120 x 0.62 = 74mm
    CCD サイズ  9μm x 10k = 90mm 15mm ずつ6組に割り振る
    1エレメント 50μm x 0.62 = 31μm = 3.4 pixel
    格子溝本密度 41.59本/mm
    ブレーズ波長 λ = 1000/41.59*2*sinθ = 46.65268μm
    中心波長   最大 λ/45 = 1.0367μm, 最小 λ/130 = 0.3589μm
    プリズム頂角 18°
    オーダー間隔 120μm (45次)〜 250μm (130次)
     短波長側ではオーダー間隔が広がるため、スポットサイズが大きくても問題ない

45次, 60次, 75次, 90次, 105次, 120次のスペクトル位置をプロットしたもの
左端スポット図  中央スポット図  右端スポット図

オーダーと波長対応表 / Zemax ファイル

下から2番目のグループ中央付近の6つのスポット
(橙色の○は50μmのファイバー像サイズ)

上記6つのスポットの半径-エネルギー関係(数値データ)

問題点・確認すべき点

  • ブレーズ角75.9°の回折格子に79°で入射させた時の効率低下量
     GSOLVER で計算時間24時間で計算することができた。
     75.9°で入射させたときの効率
     79°で入射させたときの効率
     2割ほど効率が落ちるようだが、仕方がないか...
  • 鏡面コーティングは銀+オーバーコートか
     銀とアルミの反射率比較
  • 検出器(STA1600LN)のコーティングをどうするか
  • CCD 入射窓の大気圧による変形量(CCD 周辺での像質低下が起こる)
    円板の最大たわみを計算するサイトで計算すると...
     全面等分布荷重1
     p: 1013hPa = 0.1013 N/mm^2
     t: 12mm
     R: 80mm
     E: 73GPa = 73000 N/mm^2
     ν: 0.17
     最大たわみ: 26.47μm → 曲率半径に換算すると 80^2/2/0.02647 = 1.2e5 mm
     Zemax で確認したら像質悪化は 0.3% だった (厚さ半分だと 3% 悪化)
  • 入射スリット形状(相当狭い所に、ややカーブさせて配置するので)
  • プリズム材質 S-LAL7 の製造できる最大サイズ
  • 必要な調整精度(F/3 カメラなので、ちょっとはマシかも)
  • 大気分散は天頂角45°で 2" 以上(0.38-1.0μm)となることに注意
     12本(6本)のファイバーによるバンドルは縦長にし、大気分散方向が変化しない
     ように PA を回転させながら観測するのがいいかも。

     右図は、50μm ファイバー12本のバンドルで seeing 1", 天頂角 45°の場合の大気分散との比較。背後にあるのが 100μm ファイバー6本のバンドルの場合。

  • ファイバーは全てターゲットに合わせたまま、露出の間に別の波長較正用
     ファイバー6本を光らせて短い露出を行い、較正フレームとする手もある。

プリズム表面での反射光を集めることで、ファイバースリットの光量モニタをする事が可能。但し、もう一枚バイコニック鏡が必要になる事と、配置がかなり立体的になる事が難点。

左) 上面図、右) 側面図

ビーム内に結像してしまうが、小ミラーで個々に反射して、それぞれをレンズ付きCMOSカメラでモニタする。もっと安い鏡でも光は集まるが、スポットサイズが2mm近くになる。バイコニック鏡で集光しても、スポット径は100μm、球面鏡だと 2mm サイズになる。


他の高分散分光器との比較

名称口径分解能波長域(割合)CCDSlit
LBT/PEPSI8.4mx212万390-1050nm(1/3)10kx10kx2台φ1".5 (=> 5 slices)
GTC/HORUS10.2m5万380- 800nm(5/6)4kx4kφ1".3 (=> ? slices)
Keck/HIRES10m8.4万360-1000nm(1/3)2kx4kx2台0".4x1"
Subaru/HDS8.3m10万360-1050nm(1/5)2kx4kx2台0".3x2"
VLT/UVES8.2m11万300-1100nm(1/2)2kx4kx3台1".5x2"( => 5 slices)
Gemini/bHROS8.2m15万400-1000nm(1/20)2kx4kφ0".9 (=> 7 slices)
MMT/MAESTRO6.5m9.3万315-985nm(1/1)4kx4k0".3x1"
Magellan/MIKE6.5m7.4万335-930nm(1/1)2kx4kx2台0".35x5"
京大/高分散3.8m10万360-1050nm(1/1)10kx10kφ0".45x12
CFHT/ESPaDOnS3.6m6.8万369-1048nm(1/1)2kx4.5kφ1".6 (=> 3 slices)
La Silla/HARPS3.6m12万380- 690nm(1/1)2kx4kx2台φ1"x2
TNG/HARPS-N3.6m12万380- 690nm(1/1)2kx4kx2台φ1"x2
CAHA/CARMENES3.5m9.5万520-1710nm(1/1)4kx4k+NIRφ1".5 (=> 2 slices)
Lick/Hamilton3.0m6万350-1000nm(1/1)2kx2k1".2x2"

●偏光ユニットの考察

偏光ユニットを考える際に注意べき点
  • 波長域が広い(レンズ系色収差、波長板の色特性)
  • ファイバーに入れる(相対光量の安定性)
  • ADC は必須になる
この3点だけでも1〜2% レベルで安定させるのは直感的にもかなり難しそうだ。
これを既に実現している装置が、CFHT の ESPaDOnS で、波長分解能は7万弱。


https://www.cfht.hawaii.edu/Instruments/Spectroscopy/Espadons/

波長板としてフレネルロムを使うことで位相板の波長特性を抑え、そのうちの1つを 1Hz で等速回転させることで直線偏光成分を均一化させて円偏光成分の測定精度を高めている。この分光器は、1本のファイバーのアパーチャが 1".6 あり、同じサイズのピンホールをカセグレン焦点に置いて、リレー光学系でファイバー上にピンホール像を結像させることでファイバーに光を導入している。マウナケアのシーイングサイズはアパーチャに比べて十分に良いため、光量の安定性が確保できているものと思われるが、シーイングサイズよりもファイバー径が小さい 3.8m 用の高分散分光器では大丈夫か?

ESPaDOnS known technical issues のページに、この装置の技術的問題点が挙げてある。

  • 透過率が予定の80%
    これはどこでも普通にある話で、まあ良くやっている方だと思う。
  • 偏光モード間のクロストーク
    リレー光学系のレンズホルダーが熱収縮して、レンズにストレスがかかった事が原因で、これを改善することで解決した、とある。また、ファイバー分光器では、光量の安定性が確保できないため、連続光の偏光測定精度は予定通りダメだとも書いてある。レンズ系に関しては、"curing glue" が原因で再度悪化とか、ADC がかなりクロストークに寄与しているとかの記述がトップページにある。
  • CCD 周り
    ノイズが大きいとか、温度安定性がイマイチとか色々あったようだが、1つずつ改善されたらしい。
  • 温度安定性
    室内の温度変化は事前の予想より良かったそうだが、温度変化の影響が予想よりも大きいらしく、冷凍容器内の液体窒素の蒸発による量の変化が影響しているのではないかと推測している。
とにかく、この部分のユニットがかなりトラブルの原因を作っていた印象。ESPaDOnS に関してもう少し詳しい情報を集める必要がありそうだ。

●バイコニックミラーの検査方法


ここまでのまとめプレゼン

●通常タイプでの設計

  • 分光器そのもののスペックを少し落とせば、通常タイプでの設計も可能。
    波長範囲 :4100Å~7900Å
    波長分解能:10万
    ファイバー:φ200μm(約2") をスライサーで4分割
    で考える。

    カメラ部分のレンズ材質の情報が得られた以下の3つの高分散分光器を検討した結果、HERMES のカメラ部の設計が最も優秀であると判断、それをもとに修正を加えていく。

    HERMES
    CARMENES
    GHOST

    CCD カメラは、15μm 画素 4k x 4k のiKon-XL 231 BEX2 Deep Cooled モデルを想定。

  • 概要確認のための設計
    とりあえず放物面鏡焦点位置からの入射で、エッシェルへの入射光と反射光が重なっている状態。最終的には入射部を左右どちらかに少しずらして反射光と分離する(HARPS と同じ)。

    ファイバーコア径は 200μm、射出 F/4.2 (NA=0.12) とする
    回折格子は 31.6gr/mm R4 (ブレーズ角 75.9 ° Richardson Gratings 53-*-174E)
    イメージスライサは4分割で射出光は F/8.3 (NA=0.06) と仮定
     → ファイバースリット像は 100μm x 1.6mm になる
    焦点距離 1.5m の放物面コリメータでビーム径 180mm にする
    波長分解能は R=2x1500/0.1*tan(75.9°)=12万
    直交分散は VPH でかける (HERMES はプリズム2個)
    カメラは HERMES や CARMENES のパワー配分を参考に材質を最適化
    検出器は 15μm□ x4k = 6cm□ を仮定
    スポット図は 30μm□ (2x2 pix) での表示

    カメラは最終 F/2.38 (NA=0.205) で、15μm (1pix) はスライサー出口では約 50μm に相当。スライスされたファイバースリット(幅100μm)は 2pix 幅となる。縦方向(長さ 1.6mm)は 32pix となり、隣の次数までの間隔約 50pix よりも十分小さいので、隙間にレーザーコムのスポットが入れられそう。

  • イメージスライサ―
    最近流行りの Bowen-Walraven タイプが簡単だが、4スライスだと反射回数が増えるのが気になる...

    実際に概要を考えてみると、このタイプは結構フォーカス方向のずれが大きい。端の部分では、切り取った幅と同程度の広がりが焦点ずれで発生してしまう... このタイプでは3スライス程度までが限界の感じだ。別の方法を考えるか、両端は捨てて3or2スライスにするかだ。

    コア径 50μm の OPTRAN WF 19本を Fusion させてバンドルとし、スリット側を 60μm 間隔で長さ 1.14mm にすることができれば何とか入りそうだ。レーザーコム分の1本を片側に並べても 1.20mm (F/4.2=>F/8.3 変換で像サイズは 100μm x 2.4mm、検出器上では 2x48pix)でギリギリでオーダー間隔にねじ込めそう。

    と思ったが、短波長側ではオーダー間隔が中央の半分弱になってしまう事に気が付いた... 検出器をもっと大きくして VPH の分散パワーを上げるか(この場合はエッシェルの溝本数を増やして主分散の次数を減らす必要もありそう)、ファイバー本数を半分にしないとダメそうだ。これならスライサで3スライスに留める方が良さそうな感じ。

  • エッシェルの溝本数を増やして主分散の次数を減らしてみる
    回折格子を 41.59gr/mm R4 (ブレーズ角 75.9 ° Richardson Gratings 53-*-425E) に変更して最適化する。

    長波長側で検出器から少しはみ出る。観測できない波長帯は大雑把に
    7975±8Å(波長上限)
    7841±6Å
    7711±4Å
    7586±2Å
    という感じ。

    検出器からはみ出ている部分のスポットは 2x2 pix に納まらないが、検出器内に入っている部分は右下のコーナー以外は大体 2x2 pix に入っている。

    カメラは最終 F/2.55 (NA=0.192) で、15μm (1pix) はスライサー出口では約 50μm に相当なのは前の案と同じ。スライスされたファイバースリット(幅100μm)は 2pix 幅となる。4分割スライサの場合の縦方向(長さ 1.6mm)は 32pix なのも同じだが、隣の次数までの間隔が約 70pix に広がるので、かなりの余裕ができる。短波長側では間隔はこの半分弱の 31pix でスライサー出口では 1.5mm と、3スライスなら OK だがバンドルタイプだと12本しか並べることができない。

    という感じで、後者の案の方がオーダー間隔が広がる分、アパーチャをちゃんと確保できそうだ。また、前者の案だと Hα が 94次のかなり端の方に来るのに対し、後者の案では 71次のほぼ中央に来るのでその点でも後者の方がいい感じだ (Hβはどちらの案でも中央付近に来る)。

  • VPH を強色分散かつ UV 透過率の高いガラスのプリズムで挟んでみる
    短波長側での次数間隔を少しでも広くするため、PBM2Y で作ったプリズムで分散を追加してみた。ついでにカメラ部が一直線になるようにした。また、入射部を少しでも広くするため、直交分散の方向を逆にし、プリズムの頂角側が入射部の隣に来るようにした。

    カメラ部のレンズ材質に関しても、UV 透過率に注意してフリントガラスを再度探してみたところ、もう少し良い解を見つけることができた(S-NBH53V はちょっと特殊なガラスかもしれないので要調査だが...)。

    直交分散の方向が上下逆になったので、短波長側が下になった(スポット図との対応関係が上下入れ替わっているので注意)。カメラは最終 F/2.50 (NA=0.196) で、15μm (1pix) はスライサー出口では約 50μm に相当なのは前の案と同じ。観測不能な波長も前の案と大体同じになる。短波長側では次数間隔は 40pix となり、スライサー出口では 2mm に相当するので、ファイバーでも16本までなら何とか並べられる。

    ファイバー16本の場合の配置例は以下。上から2番目かなという感じだ。できればスリット側で上下のクラッドを削って集積度を高め 1mm 内に 20本入れたいところだが、多分、これをするとファイバー自体の効率がかなり低下するのではないかと思う。

    最後に、すばる HDS でガラス板で光路差をキャンセルしているとの情報を田實さんから頂いたので、同じ事をするとどうなるか考えてみた。下図左が4スライス、下図右が両端を捨てて3スライスにした場合。4スライスは最終段で中心部の光ですらほぼガラス板一杯に光が広がってしまうためかなり無理な印象で、3段の場合でも1段目ではスリット長の半分の領域でケラレが発生する。光路差補正用のガラス板の上下面をアルミコートしてミラー状にすれば改善する可能性があるが、迷光が増える可能性が高く黒く塗った方が無難な気がする。

    スライサーをプリズムで構成するタイプのものだと媒質内でのビームの広がりが抑えられ、調整するガラス材も 2/3 の厚さで済むため、もう少し状況が良くなる。左右のスリットエッジのピントのずれによるボケ量は、光学系の収差とほぼ同程度の量となり微妙な感じだ(下左図)。各段境目壁面でのケラレ(下図黄色斜線部)が気になるが、壁面以外の部分の境目の光は隣のスリット成分に混ざりこむため、何とか許容できるかなという感じではある(斜線部中央付近では、入射部でのミラー端によるケラレの方が影響する)。最大4mm のガラス材の収差に対する影響は問題ないことは確認済。1段目の右端をどう切り落とすかが難しい所で、スライスを1段余分に取るのが最も簡単だが、反射回数が2回も増えてしまうので、入射部に何とかマスクを追加する方が良さそう。

    結局、入射部に関して考えられる選択肢は以下の通り。

    A: ファイバー16本
     2.8"x1.8" ひし形バンドルかな
    B: 波長範囲2割減
     直交分散パワーを2割上げられるのでファイバー19本+1本でもOK
    C: 200μm コアファイバー+3分割スライサー
     両端の少し切り落とし/スリットの一部にケラレ/光学収差と同程度のボケ、を許容できるか

  • 波長範囲2割減+入射位置横シフトで修正

    上記 B 案で進めることとなったので、詳細を詰める。
    入射スリットの横シフト量は 5mm で、戻り光と 10mm の中心間距離となる。回折格子側にずらすのは、逆方向よりも収差が出にくい結果となったことと、バッフルで入射スリットを隠しやすいという2つの理由から。

    スペクトルフォーマットにはかなりの余裕ができた。ファイバースリット像の大きさが2x40pix なのに対し、最短波長側でのオーダー間隔には 8pix 強の隙間ができ、レーザーコム用のファイバーを少し離して配置できそう。検出器からはみ出る波長もない。

    スポットは、波長範囲が短くなって像サイズが良くなった分、入射スリットを横にずらしたことで発生するコマ成分(半分は対称性でキャンセルされるが、コリメータでの 反射1回分のコマが残る)が出ることで、前の案と大体同程度の像サイズ。

    最後に、入射部の F/4.2 → F/8.3 テレセン光学系を考えてみた。材質は S-BAM12(凹) と S-FPL51(凸) がベストの組み合わせのようだ。収差は 50μm のファイバー像サイズ 100μm に対し十分小さい。左右のバックフォーカスは 10mm と 20mm。

    分光器の入射部に組み込んだ状態。最終スポットへの影響はこのままでも問題ないが、一応、最終のカメラレンズのパラメータ最適化の微調整を行った所、このレンズを追加する前のスポット図とほぼ同じ状態になった。

    その後、エッシェル回折格子で分散がかかった後コリメータに再度反射して中央部に戻る途中で、戻り光の端が回折格子に触っていることに気付いたので、コリメータへの入射角度を1°増やして間隔を広げ、カメラレンズ系を最適化し直した(下図ではまだ触っているように見えるが、3D 的には OK)。これで、この分光器の光学設計はとりあえず完了。次は 0.395μm をターゲットとした小型 UV 分光器の設計。


●小型 UV 分光器

  • Ca HK 線(3934,3968Å) のみをターゲットとした、波長分解能1〜3万程度の小型 UV 分光器を考える。条件は以下の通り

    • オーダーは単一で、直交分散はなし
    • 入射 F/4.2 (F 変換はしない)で、できるだけ反射系
    • 3951Å が回折格子の効率ピーク付近に来ること
    • ブレーズ角は 26.5°(R0.5)〜45°(R1) 程度
    • ビーム径は可視分光器と同じ 180mm 程度かそれ以下

    まずは、Richardson Gratings 通常回折格子 のリストで上記条件に適合するマスターを探してみる。Groove Length が 154mm 前後、Blaze Wavelength が大体0.4μm の倍数、Blaze Angle が 26.5°〜45°の条件で探すと、実は適合するものが少なく、適合していたとしても 0.4μm 付近での効率が心配なデータが示されている(マスターそのものの出来が悪い)。なので、VPH の1次光で分解能2万程度のものを目指すことにする。直交分散なしの分光器の場合瞳は1つでいいので、反射型よりも透過型の回折格子の方が設計しやすいことも考慮している。

    とりあえず、スリット - コリメータ間隔 750mm、ブレーズ角(VPH の場合は入射角) 30°とすると、波長分解能は R=2x750/0.05*tan(30°)=17,300 となる。

    カメラは反射光学系は難しく、波長範囲が極めて狭いので最も簡単なレンズ系で考えてみた。入射光が F/4.2 のままだと、放物面鏡で発生するファイバースリット両端部でのコマが結構大きくなり、そこではレンズ系の収差とほぼ同等の収差がコリメータで上乗せされる。

    非常にもったいないが、検出器は中央部の幅 1mm しか使わない。スポット図は、2x2 pix 範囲の表示で、ファイバースリット中央、0.5mm 上、1mm 上(下側は対称)でのスポットサイズを示している。入射スリットである 50μm ファイバーの像(直径 41μm)は、2x2 pix の外接円のサイズとなる。レンズをあと2枚増やせれば縮小率を上げて像をもっとコンパクトにできるので、検出器を小型にして値段を下げられる可能性がある(まあ、それは簡単にできそうなのでここでは細かくは考えない)。

    この分光器は、ナスミス台下に吊り下げて使用することになるため、温度管理ができない。全体の構造をスーパーインバーで作り、スペクトルの上下をレーザーコムで挟んで、常にターゲットと同時測定することで、波長精度を維持できるかどうか...

    鏡が1枚増えるが、穴あき鏡中央から入射させれば、コリメータでのコマ収差の発生をほぼ抑えることができる。また、反射角を調整すれば装置全体をコンパクトにすることもできるので、こちらの方がいいかも。

    その後、VPH がどのくらいの価格で製作できるのか調査したところ、予想価格よりもかなり高額であることが判明したため海老塚さんに相談。

    LightSmyth T-1400-800 を2次で使ってみては、という海老塚さんのアイデアで実際に2次光の効率まで測定して頂いたが、予想よりもかなり悪くこの方法は断念。
    入射角 34°での測定結果(2次光) / 入射角 16°での測定結果(1次光)

    VB grating であれば高効率が期待できそうということが判明。計算概要はこちら

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