可視広帯域高分散分光器

http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/~iwamuro/HDS/

岩室 史英 (京大宇物)


●可視高分散分光器

通常の可視高分散分光器(Keck HIRES の例)

クロスディスパーザにも回折格子を使用するため、
  • ダイクロイックミラーで2つに分けないと、広い波長帯を一度に観測できない
  • 波長帯の端で効率が低下する
などの欠点がある。

クロスディスパーザをプリズムにすると(CFHT ESPaDOnS / Calar Alto CARMENES の例)

のようにかなりのサイズのプリズムが必要になる。
ファイバーで離散スリットをつくればクロスディスパーザの分散は小さくて済むはず。

但し、この場合は検出器上での軸上色収差を広い波長範囲で0にしなくてはならないため、 反射光学系で構成する必要がある。

●3.8m 望遠鏡用可視相対高分散分光器

以下の条件で設計した。
  • 原則として byconic 反射面のみ
  • 回折格子は大面積マスターが既に存在するパラメータを用いる
    (Richardson Gratings 53-*-127E)
  • 検出器サイズは 4k x 4k, 15μm pixel (6cm□) を仮定
  • 波長分解能は最大で 10万/pixel 以上
  • 結像精度はほぼ全域で 2pixel 以内
  • CCD 直前の入射窓は溶融水晶 t8mm を仮定

設計手順は、

  • 近赤外分光器の設計で得られている解から出発
  • CCD 直前の入射窓は無い状態で設計
  • 回折格子のパラメータを徐々に変化させて最適解の変化を追う
  • CCD 周辺でのビーム引き出し量を確保し、かつ結像精度をあまり悪化させない範囲内で、瞳位置やカメラ系のパワーを変更して可能な限りの縮小光学系にする
  • クロスディスパーザプリズムの最適な材質を選んで再度最適化
  • 最も良い解が決まったら CCD 直前に入射窓を加え、軸上色収差をキャンセルするために、プリズムの片面に若干のパワーを与えて再度最適化
その結果、F/5 => F/1.64 の 3:1 縮小光学系ができた。

検出器上でのフォーマットは以下の通り。

  • スペクトルは 21次〜54次までを使用(実際はもう少し外まで使える)
  • スペクトルの間隔は 94μm 〜 104μm (1ユニットの幅は3mm)
    (2本のファイバーで1ユニットとしたかったが、プリズムの分散を上げられず断念)
  • 1天体を7本のファイバーで受け、2天体同時分光が可能
  • φ50μm のファイバーを用いた場合は最大波長分解能は約10万、
    φ100μm のファイバーの場合は波長分解能は約5万
    (ファイバーは OPTRAN WF のポリイミドジャケットかな)
  • 720nm (29次)までは連続したスペクトルが得られるが、それより長波長では周期的に観測できない部分が現れる

以下、上図 "+" 位置でのスポット図 (21次の両側のスポットは検出器外)

Zemax ファイル

 一応理想解は出たが、少しでも設計から外れるとすぐに波長分解能が落ちるので、波長分解能10万のモードは全てうまく行った場合しか達成できない。ファイバーは φ100μm と φ50μm の2種類を準備しておき、通常は太い方を使うことになると思う。

 また、2m サイズで F/1.64 の光学系は温度変化に非常に敏感で、鏡の検査方法や光学調整も相当難しい事が予想されるので、よく考えないといけない。

例えば...

  • CCD カメラマウント部はピエゾでほんの少し上下左右にオフセットがつけられるようにして、露出ごとに 1/2 pixel 分ずらして何とか 1pixel 以下の情報が読めないか、もしくは 1pixel サイズが 5μm の CCD も準備しておいて、CCD 部分を交換する(波長分解能10万モードのため)。

  • 光学調整はほぼ全てリモートでできるようにして、スポットサイズの判定から光学調整を全て自動化し、調整スクリプトが1週間位昼夜を問わず走り続けて調整を完了させるようにする(人間が頑張れば頑張るほど恒温槽内部の環境は乱れるので)。

  • biconic mirror の検査法は要検討。単に点光源からの斜入射ビームでチェックできれば最も楽なのだが...

●調整に必要な精度など

個々の光学素子の位置を±0.1mm、角度を±0.02°ずつずらして像サイズへの影響を調べた。
+,- での影響の違いはほとんどないが、悪い方の数値を以下にまとめる。

Opticszxyθxθyθz備考
初期値0.0040
Mirror #10.00440.00400.00440.01400.00410.0040
Prism 0.00400.00400.00400.00400.00400.0041
Grating 0.00400.00400.00400.00650.00400.0040
Mirror #20.00710.00400.00400.00900.00500.0055
Mirror #30.01360.00410.00400.00450.00480.0040
Mirror #40.01520.00410.00570.03600.00680.0041横ずれは角度で相殺可
Mirror #50.00950.00600.00590.01530.00500.0040
Mirror #60.02610.00630.00660.02980.02030.0040横ずれは角度で相殺可

●波長分解能10万バージョン

上記の設計案に以下のコンセプトを追加。
  • 回折格子を R4 (ブレーズ角 75.9 ° Richardson Gratings 53-*-425E)に変更
  • Littrow 入射に近づけるため、コリメータと第1カメラミラーを共通化
  • プリズム片面に軸外しの高次補正項を入れる(シュミットプレートのような感じ)
  • CCD は画素9μm の 10k x 10kのもの (STA1600DD) を用いる
     (2015.9.4 現在、販売はLNタイプのみで、CCD 125k$, 読み出し回路 44k$,
     Dewar やシャッターも含めたカメラシステムは 350k$ 程度との事)。
  • CCD 入射窓は厚さ 12mm の溶融水晶
  • ファイバーコア径は50μm と 100μm の2種

Zemax ファイル

概要:

    スリット・コリメータ間距離 L = 840mm
    ファイバーコア径 s = 50μm (100μm)
    ブレーズ角 θ = 75.9°
    波長分解能 R = 2L/s tanθ = 2*840/0.05*4 = 134,400 (67,200)
    入射 F 比 F = 5
    ビーム径 φ = L/F = 840/5 = 168mm
     回折格子に79°で入射するので、168/cos79°= 880mm
     回折格子サイズは 200 x 800 なので、両端 5% ずつはみ出る(面積的には 1% 強)
    スリット長  120mm
    光学系縮小率 0.62
    スリット像  120 x 0.62 = 74mm
    CCD サイズ  9μm x 10k = 90mm 15mm ずつ6組に割り振る
    1エレメント 50μm x 0.62 = 31μm = 3.4 pixel
    格子溝本密度 41.59本/mm
    ブレーズ波長 λ = 1000/41.59*2*sinθ = 46.65268μm
    中心波長   最大 λ/45 = 1.0367μm, 最小 λ/130 = 0.3589μm
    プリズム頂角 18°
    オーダー間隔 120μm (45次)〜 250μm (130次)
     短波長側ではオーダー間隔が広がるため、スポットサイズが大きくても問題ない

45次, 60次, 75次, 90次, 105次, 120次のスペクトル位置をプロットしたもの
左端スポット図  中央スポット図  右端スポット図

オーダーと波長対応表 / Zemax ファイル

下から2番目のグループ中央付近の6つのスポット
(橙色の○は50μmのファイバー像サイズ)

上記6つのスポットの半径-エネルギー関係(数値データ)

問題点・確認すべき点

  • ブレーズ角75.9°の回折格子に79°で入射させた時の効率低下量
     GSOLVER で計算時間24時間で計算することができた。
     75.9°で入射させたときの効率
     79°で入射させたときの効率
     2割ほど効率が落ちるようだが、仕方がないか...
  • 鏡面コーティングは銀+オーバーコートか
     銀とアルミの反射率比較
  • 検出器(STA1600LN)のコーティングをどうするか
  • CCD 入射窓の大気圧による変形量(CCD 周辺での像質低下が起こる)
    円板の最大たわみを計算するサイトで計算すると...
     全面等分布荷重1
     p: 1013hPa = 0.1013 N/mm^2
     t: 12mm
     R: 80mm
     E: 73GPa = 73000 N/mm^2
     ν: 0.17
     最大たわみ: 26.47μm → 曲率半径に換算すると 80^2/2/0.02647 = 1.2e5 mm
     Zemax で確認したら像質悪化は 0.3% だった (厚さ半分だと 3% 悪化)
  • 入射スリット形状(相当狭い所に、ややカーブさせて配置するので)
  • プリズム材質 S-LAL7 の製造できる最大サイズ
  • 必要な調整精度(F/3 カメラなので、ちょっとはマシかも)
  • 大気分散は天頂角45°で 2" 以上(0.38-1.0μm)となることに注意
     12本(6本)のファイバーによるバンドルは縦長にし、大気分散方向が変化しない
     ように PA を回転させながら観測するのがいいかも。

     右図は、50μm ファイバー12本のバンドルで seeing 1", 天頂角 45°の場合の大気分散との比較。背後にあるのが 100μm ファイバー6本のバンドルの場合。

  • ファイバーは全てターゲットに合わせたまま、露出の間に別の波長較正用
     ファイバー6本を光らせて短い露出を行い、較正フレームとする手もある。

プリズム表面での反射光を集めることで、ファイバースリットの光量モニタをする事が可能。但し、もう一枚バイコニック鏡が必要になる事と、配置がかなり立体的になる事が難点。

左) 上面図、右) 側面図

ビーム内に結像してしまうが、小ミラーで個々に反射して、それぞれをレンズ付きCMOSカメラでモニタする。もっと安い鏡でも光は集まるが、スポットサイズが2mm近くになる。バイコニック鏡で集光しても、スポット径は100μm、球面鏡だと 2mm サイズになる。


他の高分散分光器との比較

名称口径分解能波長域(割合)CCDSlit
LBT/PEPSI8.4mx212万390-1050nm(1/3)10kx10kx2台φ1".5 (=> 5 slices)
GTC/HORUS10.2m5万380- 800nm(5/6)4kx4kφ1".3 (=> ? slices)
Keck/HIRES10m8.4万360-1000nm(1/3)2kx4kx2台0".4x1"
Subaru/HDS8.3m10万360-1050nm(1/5)2kx4kx2台0".3x2"
VLT/UVES8.2m11万300-1100nm(1/2)2kx4kx3台1".5x2"( => 5 slices)
Gemini/bHROS8.2m15万400-1000nm(1/20)2kx4kφ0".9 (=> 7 slices)
MMT/MAESTRO6.5m9.3万315-985nm(1/1)4kx4k0".3x1"
Magellan/MIKE6.5m7.4万335-930nm(1/1)2kx4kx2台0".35x5"
京大/高分散3.8m10万360-1050nm(1/1)10kx10kφ0".45x12
CFHT/ESPaDOnS3.6m6.8万369-1048nm(1/1)2kx4.5kφ1".6 (=> 3 slices)
La Silla/HARPS3.6m12万380- 690nm(1/1)2kx4kx2台φ1"x2
TNG/HARPS-N3.6m12万380- 690nm(1/1)2kx4kx2台φ1"x2
CAHA/CARMENES3.5m9.5万520-1710nm(1/1)4kx4k+NIRφ1".5 (=> 2 slices)
Lick/Hamilton3.0m6万350-1000nm(1/1)2kx2k1".2x2"

●偏光ユニットの考察

偏光ユニットを考える際に注意べき点
  • 波長域が広い(レンズ系色収差、波長板の色特性)
  • ファイバーに入れる(相対光量の安定性)
  • ADC は必須になる
この3点だけでも1〜2% レベルで安定させるのは直感的にもかなり難しそうだ。
これを既に実現している装置が、CFHT の ESPaDOnS で、波長分解能は7万弱。

波長板としてフレネルロムを使うことで位相板の波長特性を抑え、そのうちの1つを 1Hz で等速回転させることで直線偏光成分を均一化させて円偏光成分の測定精度を高めている。この分光器は、1本のファイバーのアパーチャが 1".6 あり、同じサイズのピンホールをカセグレン焦点に置いて、リレー光学系でファイバー上にピンホール像を結像させることでファイバーに光を導入している。マウナケアのシーイングサイズはアパーチャに比べて十分に良いため、光量の安定性が確保できているものと思われるが、シーイングサイズよりもファイバー径が小さい 3.8m 用の高分散分光器では大丈夫か?

ESPaDOnS known technical issues のページに、この装置の技術的問題点が挙げてある。

  • 透過率が予定の80%
    これはどこでも普通にある話で、まあ良くやっている方だと思う。
  • 偏光モード間のクロストーク
    リレー光学系のレンズホルダーが熱収縮して、レンズにストレスがかかった事が原因で、これを改善することで解決した、とある。また、ファイバー分光器では、光量の安定性が確保できないため、連続光の偏光測定精度は予定通りダメだとも書いてある。レンズ系に関しては、"curing glue" が原因で再度悪化とか、ADC がかなりクロストークに寄与しているとかの記述がトップページにある。
  • CCD 周り
    ノイズが大きいとか、温度安定性がイマイチとか色々あったようだが、1つずつ改善されたらしい。
  • 温度安定性
    室内の温度変化は事前の予想より良かったそうだが、温度変化の影響が予想よりも大きいらしく、冷凍容器内の液体窒素の蒸発による量の変化が影響しているのではないかと推測している。
とにかく、この部分のユニットがかなりトラブルの原因を作っていた印象。ESPaDOnS に関してもう少し詳しい情報を集める必要がありそうだ。

●バイコニックミラーの検査方法


ここまでのまとめプレゼン


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