2009年3月 日本天文学会記者発表資料 (PDF版資料はこ ちら, 記者発表のプレゼンテーションファイル(PDF)はこちら)

宇 宙に吠える巨大モンスター

−銀河系の中心、超巨大ブラックホールの爆発現象−


西山正吾(京都大学 日本学術振興会特別研究員)


<共同研究者>

田 村元秀 (国立天文台 太陽系外惑星探査プロジェクト室 准教授)
羽 田野裕史 (名古屋大学 大学院理学研究科 大学院生 日本学術振興会特別研究員)
長 田哲也 (京都大学 大学院理学研究科 教授)
工 藤智幸 (国立天文台 太陽系外惑星探査プロジェクト室 研究員)
石 井未来 (国立天文台 ハワイ観測所 研究員)
ラ イナー ショーデル (アンダルシア宇宙物理学研究所 研究員)
ア ンドレアス エッカート (ケルン大学 教授)


(左)銀河系の中心領域の近赤外線画像 (右)左図中央の四角で囲まれた領域の拡大図。
中心の丸の中にブラックホールがある。上はブラックホールが暗いとき、下は輝いているとき。
→高解像度画像はこちら(全体図左図右上図右下図)
(画像クレジット:京都大学・国立天文台)

<研究概要>
 銀 河系の中心には、重さが太陽の約400万倍もある超巨大ブラックホール「いて座Aスター」があります。私たちはすばる望遠鏡と近赤外線カメラCIAO、補 償光学システムAO36を使って非常にシャープな画像を得る観測を行いました。その結果、巨大ブラックホールのごく近傍、太陽-地球間の距離よりも近い範 囲でガスが高温に熱せられ、明るさが変化していることを見出しました。
 「い て座Aスター」は多数の星で非常に混みあった領域にあるため、シャープな画像を得ることができる観測でなければ見えません。今回は赤外線での明るさを精密 に測り、その爆発(フレア)現象を複数回検出することに成功しました。特に、赤外線の偏った光で連続的なフレア現象をとらえたのはこれが世界で初めてで す。
 ま た、最も短時間のフレアでは、約6.5分間という短時間での急激な増光/減光が観測されました。この短い時間変化はブラックホールのすぐ近く、1億 2000万km以内の場所で生じた現象を見ていることになります。すばる望遠鏡は、ブラックホールのごく近くで起きている激しい現象をとらえているので す。


<記者会見日時>
2009年3月23日() 14:00-15:00
大阪府立大学 中百舌鳥キャンパス 学術交流会館(C1棟) 多目的ホール

<お問い合わせ先>
西山正吾 京都大学 理学部 宇宙物理学教室
電話番号:075-753-3907 FAX番号:075-753-3897
電子メールアドレス:

<発表内容の報道について>
本発表内容についての報道していただく場合、
報道時期が記者会見(3月23日)の後になるようお願いいたします。



 宇宙に存在するほとんどの銀河の中心には、重さが太陽 の100万倍以上もある超巨大ブラックホールがあることが分かってきました。私たちの天の川銀河も例外ではありません。その中心には、太陽のおよそ 400万倍のブラックホール「いて座Aスター」が あります。こんなに大きなブラックホールはどうやってできたのだろうか、また、その近くではどんな現象が起こっているのだろうか。天文学者は長年、このよ うな興味を抱いて「いて座Aスター」を観測し続けてきました。

 なぜ私 たちはブラックホールを“見る”ことができるのでしょうか。ブラックホール自身は、光さえもでてくることができない真っ暗な天体です。私たちが望遠鏡で見 ているのは、ブラックホールを円盤状 に取り囲む、高温のガスが出す光です。図1は、ブラックホールとガスの円盤の概念図です。近くにあるガスは徐々にブラックホー ルに引きずり込まれていきます。その時、ガスは円盤を形成しす。円盤内におけるガス同士の摩擦により、ガスは非常に高温になります。その結果、円盤内のガ スは様々な波長の光を発することになるのです。


図1: ブラックホールとガスの円盤 の概念図。周囲のガスがブラックホールの重力に引かれて落ちこんでいくとき、重力エネルギーを解放して明るく光ります。光っているのはブラックホール自身では なく、周囲のガスの流れ、もしくはガスがつくる円盤です。図のクレジットはNASA/CXC/SAO。

 
 超巨大ブラックホールは銀河の中心にありま す。そこは星やガス、塵などが集中し、非常に混み合った場所でもあります。その中から中心のブラックホールだけを取り出すためには、大きな鏡を持った望遠 鏡が必要です。また塵に邪魔されずブラックホールを見るためには、可視光ではなく赤外線やX線などで観測をしなければなりません。さらに星のまたたきの原 因である、地球の大気のゆらぎがこまやかな観測の邪魔をします。この影響を消すような高度な技術が必要です。私たちは、8.2mの口径の鏡をもつすばる望 遠鏡と近赤外線カメラCIAO(チャオ)、さらに大気ゆらぎを補正する補償光学システムAO36を使い、銀河系の中心の超巨大ブラックホール「いて座Aス ター」を観測しました。その結果、非 常にシャープな画像を得ることができ、混み合った領域でのいて座Aスターの観測に成功しました。


図2:銀河系の中心領域の近赤外線画像。表示されている 範囲は22分角四方です。これは銀河系の中心において、およそ2.8光年四方の範囲を見ていることになります。図中央やや左上、青い四角で囲まれた領域の 中心に超巨大ブラックホール「いて座Aスター」があります。

(高解像度画像は画面をクリックすると表示されます。画像クレジットは京都大学・国立天文台)

 
 
図2は、私たちがとらえた銀河系中心の 画像です。星が非常に混み合っている様子が分かります。画像中心やや左上のところに、青い四角で示した領域があります。図3.1と3.2は、四角の部分を 拡大した画像です。中心の緑の丸の中にいて座Aスターがあります。図3.1はブラックホールが暗い時、図3.2は明るく輝いている時のものです。実は、図 3.1で丸の中に見えているものはブラックホールのすぐ近くの星です。この時ブラックホールは暗くて見えていません。図3.2ではブラックホールが明るく輝いている様子が 分かります。


図3.1 (左)、図3.2(右): 図2の四角で囲まれた範囲の拡大図。緑の丸で囲まれた領域の中心に超巨大ブラックホール「いて座Aスター」があります。左はブラックホールが暗いとき、右 は明るく輝いた瞬間の画像です。ふたつの画像でブラックホールの明るさが大きく変化していることがわかります。(画像クレジット:京都大学・国立天文台)

 


 ブラックホールの明るさはどのように変化するのでしょうか。私たちは、一晩のうちに3回の爆発(フレア)現象を観測す ることができました。その様子を図4と図5に示しています。図4は約3分ごとに撮影したブラックホールの画像です。上段左から右へ、ひとつ下がってまた左 から右へ、というように時間が経過しています。また図5は、いて座Aスターの明るさの変化を折れ線グラフにしたものです。横軸は観測開始からの経過時間を 示しています。まず観測開始直後、最初のフレア現象が起きました。これは比較的暗く、継続時間の長いフレアです。第2フレアは最も強く、40分程度の継続 時間でした。最後のフレアは最も短い時間での増光/減光を示しました。図5の第2フレアと第3フレアの画像は、図4中の青と緑で囲まれた部分にあります。


図4. 約3分おきにとったブラックホールの画像。各画像の中心、丸の中にブラックホールがあります。上段左から右へ、一段下がって左から右へ、と時間が経過して います。青と緑で囲まれた画像が、図5の丸の中にある点に対応します。(画像クレジット:京都大学・国立天文台)


図5. いて座Aスターの明るさの時間変化のグラフ。横軸は観測開始からの経過時間、縦軸はいて座Aスターの明るさを示しています。青と緑の丸で囲まれた点が、図4の青と緑で囲まれた画像に対応しています。

 
 
第3フレアは、たった6.5分で増光し、また同じ時間でもとの明るさにもどりました。これは何を示しているのでしょうか。

  ブラックホールに近づいていくと、重力の影響が徐々に大きくなっていきます。その結果、ある距離になると、光さえ逃げられないほどの重力になります。この 距離を「事象の地平線」といいます。そして、ブラックホールの中心から事象の地平線までの距離をブラックホールの半径と定義します。これまでの観測から、いて座Aスターの半径は1200万km、太陽のおよそ20倍と分かっています。

  光の速度は有限であるため、明るさの変動にかかった時間から、光っている領域の大きさに制限をつけることができます。そのことを、図6を使って説明しま しょう。私たちが観測しているフレア現象は、ブラックホールの周りに広がるガスで起きているとします。そのガスの大きさをRとします。そして、ある瞬間そ のガスが消え去ったとしましょう。消えた瞬間に、観測者に一番近いガスの端から来た光(図6赤い点線)と一番遠い端から来た光(青い点線)とでは、観測者 に届く時間にずれが生じます。これは、たとえガスが一瞬で消え去ったとしても、観測者にすると一瞬で消えたようには見えない、ということです。赤い光が届 く時間から徐々に暗くなり、青い光が届く時間でまったく消えてなくなる、というように見えます。この赤と青の光が観測者に到達する時間差をtとします。そ して、時間のずれtと光速cを使うと”距離=速さ×時間”という式から、円盤の大きさを制限することができます。実際には円盤が一瞬で消えることはありま せんから、tより長い時間かかると考えると “大きさ<(光速×時間差)”となります。このように、フレアの増光/減光にかかる時間から、フレアを起こしているガスの広がりを知ることができるのです。

 では、この式に実際の値をあてはめてみましょう。光速は秒速30万km、増光/減光にかかった時間は6.5分=390秒、これより30万km/秒×390秒=約1億2000万kmとなります。これが、フレアが起きているガスの広がりの上限値となります。

  第3フレアの観測で分かったことを整理します。フレアが起きている場所はブラックホールから1億2000万kmより内側です。これは太陽-地球間(1億 5000万km)よりも近い距離になります。また、ブラックホールの大きさは1200万km、太陽の約20倍ということが分かっていました。仮に太陽の位 置にいて座Aスターがあり、地球のある場所からそれを眺めると考えてみましょう。空には太陽の20倍の大きさにブラックホールが広がっています。その周囲 では、非常に高温のガスが突然光り、あっという間に消え去ります。それが日々繰り返されています。このような驚くべき現象を、すばる望遠鏡はとらえている のです。

 
 すばる望遠鏡がとらえたブラックホールの明るさの変化は、ブラックホールのすぐ近くでガスが高温になって光り、直後に消え去っていく、という激しい現象によるものだということが分かりました。では、何がこのような現象を引き起こしているのでしょうか。その謎を解くための重要な手がかりが、“偏光”の観測によって得られるのです。

  光は、進行方向に対して垂直な方向に振動する横波です。太陽などからくる自然光は、いろんな方向に振動する波が混じりあい、どの方向にも偏っていない光で す。それに対し、例えば水面で反射した光などは、ある決まった方向に振動する成分が多くなります。このように振動方向が偏ることを偏光といいます。

  どれだけ偏っているか(偏光の度合い)、どの方向に偏っているか(偏光の向き)という情報を得ることで、どんな現象が起こっているのかを知ることができま す。今回の観測で用いた赤外線カメラCIAOは、すばるのような大望遠鏡で偏光の観測ができる数少ない装置の一つです。

 図7は、いて座 Aスターの明るさの変化(上)に対して、偏光の度合い(中)、偏光の方向(下)がどのように変化したのかを示したグラフです。第3フレアは短時間で、観測 の終わりに近いため、明確なことは言えません。しかし、第1フレアと第2フレアでは、“明るさのピークを過ぎて暗くなっていくときに、偏光の度合いが大き くなっていく”というよく似た特徴をとらえることができました。このように似た特徴をもつフレアを連続的にとらえた観測は世界でも他に例がありません。それでは、このような特徴からいったい何を知ることができるのでしょうか。


図7. いて座Aスターの明るさ(上)、偏光の度合い(中)、偏光の方向(下)の時間変化を示したグラフ。


 
 すばる望遠鏡で得られたグラフとモデル計算とを比較すると、フレアを起こしている現象を解明するヒントが得られます。図8.1には、すばる望遠鏡で得られ たいて座Aスターの明るさ、偏光の度合い、偏光の方向の変化のうち、第1フレアの部分をとりだしました。図8.2には、アメリカの研究者 BroderickとLoebが行ったモデル計算の結果を示しています。(Broderick, A. E. & Abraham Loeb, 2006年, Monthly Notices of the Royal Astronomical Society, 367巻, 905ページ) 彼らのモデルは、高温のガスの塊がブラックホールのすぐ近くを高速で回転しているというものです。それを遠くから観測したとき、明るさや偏光の度合いがど う変化するかを計算しました。図中の2種類の線は、ブラックホール周囲のガス円盤を真横から見るような方向から観測したとき(0°) と、少し斜めから観測したとき(22.5°)にどう変化するかを示しています。図8.1と8.2には多くの類似点が見られます。明るさの変化に見られるふ た山とその高さの関係、さらに偏光の度合いにも見られるふた山構造などです。第1フレアほど明確ではありませんが、同様の傾向が第2フレアにも見られま す。これらの類似点は、以下のようなことを示唆しています。すばる望遠鏡がとらえたいて座Aスターのフレアは、高温ガスの塊がブラックホールを周回しながら落ちていく現象が原因であるということ。そしてそのような現象が頻繁に起こっていることです。


図8.1(左) 図7より取り出した第1フレアの部分。上からいて座Aスターの明るさ、偏光の度合い、偏光の方向の時間変化のグラフです。

図8.2(右) モデル計算で得られた、明るさ(上)、偏光の度合い(中)、偏光の方向(下)の時間変化。図中の角度は、ガスの円盤を真横から見ているか(0°)、少し斜め(22.5°,一点鎖線)からかの違いを表しています。


 私たちは、銀河系の中心にある超巨大ブラックホール「いて座Aスター」を観測し、その激しいフレア現象をとらえました。また偏光の観測から、フレアの原因は 「いて座Aスター」を高速で周回する高温のガスの塊ではないか、という結果を得ました。現在国立天文台では、近赤外線カメラCIAOの後継機である HiCIAO(ハイチャオ)の製作の最終段階に入っています。これを使えば、「いて座Aスター」の偏光をより正確に、より早く測定できるようになります。 今後、ブラックホールに関するより深い研究が期待できます。