SH ログ解析
http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/~iwamuro/Kyoto3m/sh.html

岩室 史英 (京大宇物)


●経緯

    突然主鏡制御の状態が不安定となり、明確なラテラル支持機構の剥離も見られず、センサが単体で悪化したのか支持機構が剥離しかかっているのか分からない状態となった。原因究明のため、1時間北極星で SH 多点モードを繰り返して SH ログの解析を行った。解析内容は以下の通り。

●エッジセンサギャップの解析

    まずは、SH 調整直後の状態の各エッジセンサのギャップを調べてみた。SH 調整の直後に 50回連続して取得される 72ヶ所のエッジセンサのギャップデータから、18枚の segment と内周リングの上下移動の自由度による変化(SH は傾きしか検出できないので)を、19x73 の疑似逆行列(全体の上下方向の平均位置を0とする条件の追加)を解くことで取り除いた後に平均化する。これで、鏡の横ずれや回転が無ければセンサの安定性がチェックできるはず(SH 直後で鏡の向きは揃っているはずなので)。50回の連続計測結果の平均を1つの点とし、各ギャップのデータは plot 範囲内での平均値を0として変化のみがわかるようにした。下図左から 内周リングと segment1-6, segment7-12, segment13-18 に関係するエッジセンサの 20220408 夜のデータで、内周リングは黒、segment 番号の小さい最順に で plot してある。各セグメントに対し、センサが付いている場合にはギャップ値は+(実線)、対向板が付いている場合はギャップ値を-(破線)として評価した。上段は通常観測の状態(但し、すぐに像が悪化するので10分おきに連続で数回 SH が行われている)、下段は北極星に向けて1時間連続して SH を行ったもの。

    一目瞭然で、センサそのものは安定して動作していることが確認できる。なので、不安定の原因は特定のセンサの状態が不安定という事ではなく、どれかのセグメントのラテラル支持が安定しないという可能性が高くなった。通常観測時のギャップ値の変化は、温度変化によるセンサ値のドリフトや望遠鏡の姿勢変化によるセンサアームのたわみやセグメントの位置ずれなどが影響しているものと考えられるがごちゃまぜになっていて良くわからない。1つの segment の位置ずれは、SH 後には既に全体に伝播してしまっているので、この値ではどのセグメントが悪いのかも良くわからないが、関係するセンサ値が特に大きく変化しているものは 1,18 間の2組で、次に 7→8 に対してアームの出ているもの。これらは北極星に向けた後でも収束が遅く、この辺りで何か起こっている可能性がある。SH 直前の単一モードでの状態を調べるのもいいかもしれないが、多点モードで調整後の状態から鏡の回転の有無がわかるはずなので、多点モードのスポット位置を解析してみる。

●SH 多点モードスポット位置の解析

    segment のラテラル支持点が安定しない場合は、EL の違いにより鏡が回転する可能性が考えられる。SH 多点モード調整直後の状態で、スポット位置変位に四重極変形が見られるものがないか調べることで回転の有無を判断する。

    4/8-4/11前半夜までの間の多点モードスポット位置の変化をアニメにしたものが以下。変位量は10倍に増幅して表示している。segment の傾き変化は、単純なスポット位置の平行移動ではないので(鏡面が凹面なのと、SH コリメータの球面収差が関係している)、なかなか四重極成分だけを分離することが難しく、また、目で見ただけでは顕著に四重極変形をしているものも無さそうなので、一筋縄ではいかない感じだ...

    左下の内周 segment に、天頂方向を向いている時の曲げ変形と、左下の外周セグメントに天頂方向を向いている時の曲率変化が見られるが、それ以外は全て傾き成分の変化のように見える。何か手がないかもう少し考えてみる...

●エッジセンサギャップの解析 その2

    エッジセンサのギャップ情報であれば問題発生以前の状態のログも残っているので、期間を拡張して調べてみた。下図上段は問題発生発覚日(4/4)までの2週間のデータで、一見、発覚後よりもばらつきが大きい(縦軸が±30μm に拡大されているので注意)が、望遠鏡の駆動が激しかっただけと考えられる。問題の発生した 4/4 は上段の最後100回分程度の部分で、segment 1,18 間の2組のセンサは以前からギャップの変化が大きいようなので、元々不安定な場所のようだ。上段真中のグラフを見ると、最後の方(4/3 の明け方頃から?)で全体的に悪化してきていることがわかる。下段は問題発覚後の 4/5 から 4/11 までのもの。問題発生前後で振る舞いが変化したものは、segment 7→8 にアームが出ているものと、segment 15→5 にアームが出ているもので、これらのアームのどちらかが物理的に不安定になっている可能性も考えられる。

    振る舞いが変化した2つのアームの位置は以下の青色の場所(主鏡を裏から見た図)

    木野くんにチェックしてもらったところ、右下のアームは回転してセンサと対向版が半分しか重なっていなかったようだ。これで復活すればいいのだが...

    ついでに、更にその前の状態まで確認してみた。これを見ると、segment 1→18 へのアームは以前から悪いが、18→1 へのアームはそれほど悪くはない。こちらは 3/20 頃を境に状態が悪化している可能性がある(後に判明したが、この頃センサがアームから剥離したかも)。

    以下が 4/12 晩の状況(縦軸は±10μm)。segment 15→5 にアームが出ているものに関しては、正常な状態に戻っているが、残りの3つは変化なし。主鏡制御全体が若干安定したのは、以前から状態の悪い 1-18 間付近だけに不安定部が集中しているため、全体が "C リング" 的に繋がったからではないかと思う。全体が2ヶ所で切れるとまずい、という感じのようだ。

    ところで、安定性の悪いものの変化のパターンから、その原因は温度変化に対する補正係数が合っていない、という可能性が推定できる(3/20 に状況変化しているものもあるので、もちろん、アーム部分の物理的な状態変化の可能性もある)。4/8-13 のドーム内の温度ログは以下の通りで、問題となっているセンサの変化と大体合っている。

    センサの温度補正のやり方はこちらにある通り。
    温度高 → ギャップ大 → カウント小 の影響が出ているので、リファレンスセンサの温度とカウントの反相関の補正が不足しているものと考えられる。即ち、segment 1,18 間の2つのセンサに何の物理的な問題が見いだせない場合は、これら2つの温度補正係数を少し大きくして様子を見るのがいいのではないかと思う(segment 7→8 へ出ているものは逆に過補正気味だが、こちらはそれほど悪くはないので後回しでいいかと思う)。

    補正係数の調整がうまく行くのであれば、以前恒温槽でやっていた事が実際の望遠鏡上でもできるということになるので、全センサに対して補正係数の微調整を何度か繰り返せば、全体の安定性は格段に向上するということになる。

    以下は 4/16-25 の状態、4/22 の観測(No.250 辺りから)以降、上記2つのセンサの温度計数を 10% 大きくしているが、大きな性質変化は無さそうだ。一番右端の結果がひどいが、どうやらこれは segment 18 のラテラル支持が剥離していたようだ。その他、幾つか 22日辺りから悪化しているセンサが見受けられるが、接着剥離の前兆の可能性もあるので、接着作業後のデータで再評価することとする。

    接着後、4/28-5/10 のデータが以下の通り。全体的には以前よりも悪くなった感じはあるが、segment 1-18間のセンサの振る舞いはやや改善されたような印象はある。

    横軸をほぼ同時刻で取得された segment 5 の温度にしたものが以下(次の点との温度差が1℃以下のデータのみ接続)。以降、縦軸は±20μm の範囲に変更する。予想通り大体温度と良い相関がありそうだが、若干の日毎の違いが出ているが全体的には個々のセンサの温度依存性が大体見えている感じだ。温度変化の影響が出やすい一部のセンサの影響が同一セグメント上の他のセンサにも 1/6 程度に平均化されて伝播するので、温度変化が非常に大きいセンサ以外のデータは注意する必要がある。

    以下は、segment 1-18間のセンサの補正係数を10% 増やす前の 4/16-21 のデータに対して同様に plot したもの。補正係数を変更した片方で傾きが緩やかになった感じだが、segment 18 の他のセンサの温度特性が悪化したように見えるので微妙なところ(これらにエラーが配分されただけかも)。それにしてもこちらのデータでは日毎に違いが結構大きい(segment 18 にセンサ、segment 1 に対向板がついているセンサが、アームから剥離しかかっていて安定性が悪かったという事が判明し、4/28 に再接着されたとのことなのでそれが原因)。

    セグメント剥離などあったので、センサの補正係数を再度元の状態に戻し、変化を確認することにした。下図は 5/14-30 のデータでは、補正係数を戻しても状況は余り変化しないように見える...。segment 11→12 へのアームに見られる異常は1日だけ見られた現象で大丈夫そうだ。segment 3→10 のアームに新たに温度変化の影響が出ているが、これも直近にのみ見られることなので、もう少し様子を見る必要がある。

    以下は 5/30-6/15 の状態。今度は segment 8→9 と 2→内周リング のアームの状態変化が大きいが、この間にコネクタに汚れが見つかって接点洗浄したセンサがあるそうなので多分それが原因で、温度変化の影響は無いのであまり問題は無さそう。3→10 の状態は変わらず。全体的なばらつきは減った感じ(特に内周)。

    ところで、恒温槽での温度特性計測時はリファレンスでの補正をしなくても20℃の温度変化あたり約8μm 相当の変化(ギャップ 0.7mm 付近の場合)で、問題の2つのセンサは補正前のものと比べても温度変化の影響が数倍大きく出ている。なので、リファレンスの補正係数を少し変えてもほとんど影響がないということのようだ。センサの問題ではないような気がしてきたが、機械的な問題で変化している可能性として考えられるのは、

  • センサ台座のインバースペーサに何か挟まっている
  • アームを支えているロッドの角度が悪く、アームとロッドが直接接触している
    (即ち、インバーのスペーサに隙間ができている)

    などだが、調べてみる必要がありそう。

●エッジセンサギャップの解析 その3

    上記に関して、segment 1-18間のセンサには片方はセンサのアームからの剥離、もう一方はインバー台座部分のカプトンテープの張り方が悪くスペーサに隙間があった可能性があり、対処しましたとの連絡が 7/6 に木野くんよりあり、その後の状態を確認した。問題は解消されたことが確認できた。今後も、数ヶ月に1度はこの解析をしてセンサの状態チェックをした方が良さそうだ。

●エッジセンサギャップの解析 その4

    8/23 に望遠鏡全体がかなり結露しセンサにも影響が出たようなので、確認してみる。まずは 7/29-8/23 までの結果を確認してみる。

    概ね値は0付近に集中しており、温度に対する変化も見られず問題ない感じ。8/23-31 のデータでも確認してみる。

    かなり日毎にばらけており、素性の悪いセンサが紛れ込んでいる印象だ。怪しいのは 5→14 へのアームで、この図の29番のアームに相当する。もう少し様子を見てみる。

    9/7 に大きく状態が変わったようだが、そこで切り分けるとその前後では大体問題ない感じだ(9/4-6: 下図上段、9/7-23:下図下段)。1→18 のアーム(この図の25番)の挙動が気になる。上述の 5→14 へのアームは問題なさそう。

    9/24 にセンサ関係のエラーがあって状態が変わったので、再度 9/24 から plot。1→18のアームの温度特性は相変わらずなので、一度 check した方がいいかも。

    9/28-10/07 夕方までの間温度ロガーが止まっていたようなので、10/07-31 の分を plot。1→18のアームの温度特性はやはり出ている。

    10/09 に少しだけ状態が変わった感じなので、そこで切り分けて 11/01-09, 11/09-18 の分を plot。状況は大体同じだが、12→11 のアームが結構不安定になってきている感じだ。

    12/1-13,12/13-1/8,1/8-21,1/25-29 の分を plot。1→18の他に、3→10 のアームにも温度特性が出始めている感じ。

    1/31-2/9 の分では、3→10 のアームの温度特性がなくなっている。1/31 の主鏡清掃時に、この隣のアームの参照センサが壊れたため、運用方法を変えたことが関係しているかも...。12→11 のアームはずっと不安定な状況。

    2/10-2/14 では 9→2 が状態変化した感じはあるが、他は同じ状況。

    2/14-3/12 でも 9→2 は不安定だ。9→8 も不安定なので、どちらか1方が原因となっている可能性はある。1→18 の温度特性は出続けている。

    3/13-4/4 では、セグメント9周りの不安定は無くなった。大体、以前の定常的な状態で落ち着いている感じ。18→1 にも温度特性があるように見えるが、多分 1→18 の影響なので、こちらが解消されれば解決すると思う。

    4/4-6/10 の間も基本的には変わらず。

    温度変化の範囲が小さくて分かりづらいが、6月後半以降、これまでずっと出ていた 1→18 の温度特性が無くなった感じだ。何があったのか?

    1→18 の温度特性は復活している。単に温度変化の範囲が狭くて見えづらかっただけということか。他に、1→6, 2→3 も温度特性が見えている。9/19 に内周セグメント#6 の接着剥離が発生したので、その直前に何らかの影響が出ていたという可能性も考えられる。

    この後のデータで確認すると、やはり最終的には 1→18 の特性だけが見えているので、通常の状態に戻った印象。


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