CaHK+Hα中分散分光器
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岩室 史英 (京大宇物)


●CaHK+Hα中分散分光器

    GAOES-RV の観測波長域外の紫外側にある CaII HK 線(395nm) と Hα(656nm) を波長分解能1万以上で GAOES-RV と同時観測できるようにするもの。できる限りシンプルな構造で小型装置として開発する。

  • 光学設計のポリシー
  • 反射型の回折格子は偏光特性が強く高い効率が得られないので可能な限り高効率の透過型素子を用いる
    GAOES-RV の前置光学系ユニットから光を分岐して、ファイバーでナスミス台下の装置へ送る
    観測波長域は 395nm と 656nm 付近のみに限定し、汎用装置にすることは考えない

  • 透過型分散素子
  • CaHK 用分散素子としてまず検討したのが Plymouth Grating Laboratory の VB Grating だが、φ180mm のものの見積を依頼したところ予算的に厳しい価格であったため、断念して Wasatch Photonics の VPH で製作することに。効率予測は以下の通り。

    Hα の方は、LightSmyth の VB grating (T-1400-800)を用いる。こちらは、波長 800nm に最適化されているため、RCWA 法での計算から溝深さ 1.64μm の VB grating であるものと予想し、溝深さ 1.2μm の VB grating で特注できないか問い合わせたところ、通常の VB grating とは構造が異なるとのこと。SiO2 基板の上に Si3N4 などで3層の膜を形成、それをエッチングで基板まで削っている構造らしい(米国特許 US8165436B2)。仕方がないので T-1400-800 を入射角を少し変えて 656nm の効率が最大となる角度で用いることにする。海老塚さんより T-1400-800 の入射角を変えた際の効率曲線の実測値を頂くことができた。

    656nm 付近の透過率変化は 800nm に最適化されている AR コートの影響である可能性もあり、入射角を何度にするのが最適かは現物で調整するしかない感じだ(AR コートは無しで発注し、こちらで 656nm に最適化したコーティングを行う)。

  • 光学設計
  • 分散素子が確定したので光学設計をしてみた。入射ファイバーはコア径50μm で、検出器画素が 19μm (BITRAN BH-67M 使用予定、下の「検出器」参照) なので、ほぼ 1:1 光学系で問題なく、カメラ光学系は f/5 程度の長焦点で大丈夫だ。また、分光器なので色消しにあまり気を遣う必要もなく、オハラの光学材料を 400nm の透過率の順で並べ、透過率の高いものからクラウン (S-FPL53) とフリント(S-LAH97) を選んで組み合わせただけ。ファイバースリット長は 3.6mm で、検出器の中央しか使わない設計だが、大体1pix サイズに全スポットが収まっている。

    波長分解能はどちらも約1.2万。下図は○がファイバーコアの像サイズ(直径55μm)で、3つの●がその位置でのスポットサイズ。395/0.032=12344、656/0.057=11509。

  • ファイバーバンドル
  • OPTRAN WF NA=0.12 コア径 50μm 61本、大体 4" 程度の視野がカバーできる。
    下図のままだと filling factor 63% だが、融着してできるだけ接近させることで 80% 近くまで filling factor を上げられるはず(若干の cross talk は伴うことが予想されるが)。

    コア径 50μm のファイバーは、ジャケットを外すことが結構難しいようで、CeramOptec では 50μm ファイバーではジャケットを外した状態でのバンドルが作れないとのこと。国内の他のメーカーに加工が可能か、ティー・イー・エムの協力会社で現在調査中。このバンドルが製作できない場合は、太いファイバーでイメージスライサを使うか、マイクロレンズアレイと組み合わせるしかない。

  • ADC
  • 天体の追尾は、GAOES の天体ガイド機能を用いるため、550nm での天体の位置が固定される。また、GAOES の観測は Instrument Rotator は固定されるため、視野回転も大気分散方向の回転もどちらも発生する。低高度(EL=20°)では 550nm と 395nm では大気分散量は 3" 強となるため、上記バンドル内に入らない上に、入ったとしても露出中に天体が流れてしまう。そのため、ADC は必須ということになったので設計してみた。S-FPL53 と S-LAH97 の組み合わせは、運よく大気分散の波長変化によく合った屈折率変化を再現できる。これで EL=20°までは大気分散補正ができるはず。

    回転ステージはシグマ光機の回転ステージ OSMS-60YAW2個でいけそう。カタログ上の中央穴の内径はφ25mm だが、内部の筒を取り外すと内径はφ28mm 確保できる。望遠鏡の高度が変わると瞳位置が移動すると思うが、その移動量が大きいとこの穴サイズでは厳しいかも...

  • 検出器
  • カメラとしては、時間も予算もないので TriCCS で用いられている CMOS を用いた市販品 BH-60M/BH-67M を用いる。画素サイズは 19μm、2段ペルチェの冷却能力は TriCCS のカメラの冷却性能よりも良い感じだが、最大冷却状態での暗電流の大きさが問題なので、ビットラン株式会社の協力で 0s,60s,600s でダークを撮ってもらった。以下、BH-67M のデータ(BH-60M も依頼中)で、左が20枚平均(900-1200ADU)、右が20枚の標準偏差(0-40ADU)。画像クリックで全体が確認できる。平均は、最も明るいものが0s、時間が長くなるとどんどん平均が下がっていくが、どうやら天体撮影をした際の長い露出でも背景が明るくなりすぎないように、読み出し回路部分で露出時間に応じて原点シフトを行うようになっているらしい。ゲインは1倍(1.10217e/ADU)とのことなので、ノイズの大きさからダークを逆算できる。

    上左画像の median は 0s,60s,600s の順で 1055,1041,982、上右画像は 18.18,18.53,18.79 なので、erms にして2乗すると 401.5,417.1,428.9 → 0,15.6,27.4 で10倍の関係とはなっていないので、暗電流が正しく計測できているわけではないが、0.05-0.26 e/sec という感じだ。この値は、波長分解能1万で観測した際の背景光と同程度のレベルなので、まあ暗電流は合格という感じだが、読み出しノイズが 20erms (TriCCS の5倍だが ADC の bit 数の違いを考慮するとほぼ同等)で、暗電流だけでなくこの値にも注意する必要がある(撮像や明るい天体の分光であれば問題ないが、中分散分光なので...)。

    その後、背景レベルのシフト機能を OFF にしてもらって、再度同じ測定をしてもらったのが以下。左が20枚平均(600-900ADU)、中が20枚の標準偏差(0-40ADU)、右が20枚の平均-bias 平均(0-100ADU)。

    上左画像の median は 0s,60s,600s の順で 702.6,712.7,740.1、上中画像は 18.34,18.60,19.50 なので、erms にして2乗すると 408.6,420.3,461.9 → 0,11.7,53.3 でまだ10倍となってはいないが、暗電流の大きさは 0.09-0.20 e/sec となった。読み出しノイズは同じく 20 erms。今回は平均値の差からも暗電流が評価できるので、平均値の差から計算すると 0.07-0.19 e/sec となり大体一致する。

    ゲインを上げれば、読み出しノイズの寄与が減らせる可能性があるので、ゲインx16 でも同じセットを撮ってもらった。左が20枚平均(800-1700ADU)、中が20枚の標準偏差(0-120ADU)、右が20枚の平均-bias 平均(0-300ADU)。

    上左画像の median は 0s,60s,600s の順で 989,1055,1208、上中画像は 29.86,39.21,57.49 で、ゲインが正しく16倍になっているものと仮定すると、erms の2乗が 4.2,7.3,15.7 → 0 3.1 11.5 で、暗電流の大きさは 0.019-0.052 e/sec 読み出しノイズ 2.0erms、9倍だと仮定すると erms の2乗が 13.4,23.1,49.6 → 0,9.7,36.2 で、暗電流の大きさは 0.06-0.16e/sec 読み出しノイズ 3.7erms となった。どちらにしても読み出しノイズの寄与は減る感じだ。問題は実際のゲインが何倍かかっているかで、実際に光を入れてカウントが何倍になるかを調べてもらう必要がある。

    個々のピクセルに対し、20枚の連続露出データを3σクリッピングをかけながら最小2乗直線 fit してσの評価をしているため、上の画像は宇宙線などの突発的な影響は除いて処理されている(単純平均を取ると、600s x 20枚ではかなりの密度で宇宙線が入る)。

    読み出しノイズの大きい1つの可能性として、TriCCS の読み出し回路の ADC は 14bit で、BH-67M の ADC は 16bit という違いが関係している可能性がある。サチュレーションレベルを同じにすると、BH-67M の conversion factor は TriCCS の 1/4 でいいので、その分、高いゲインの状態での読み出しノイズで比較すべきかもしれない。その場合は、上記の感じからすると BH-67M でも 5-6erms 程度になると予想されるので(20erms の 1/4 程度)、TriCCS の読み出しノイズと同程度になる。

    読み出しノイズを下げることのできる1つの可能性として、読み出し時のマルチプレクサ切り替え後の AD 変換前に少し間を置く手がある。マルチプレクサ切り替えに伴い、FET にトラップされていたある程度の電子が移動するはずだが、その移動が落ち着く前に AD 変換するとカウントが安定しない。ある程度の読み出し時間を犠牲にして、電子移動の静定時間を設ければ安定する可能性があるが、ビットランからの情報では、マスタークロックの入力だけで 16ch のアナログ読み出し口のデータがどんどん変わっていくそうで、23.8ns 以内に AD 変換しないと次のデータになってしまうとのこと。検出器を製作しているキャノンにこの待ち時間で電子が静定するのか、これを延ばすと読み出しノイズが減る可能性があるのかに関して聞いてみたところ、「可能性はある」とのことだったのでビットランと相談中。


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